6月編 |
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「ふぅ」 帰りのHRが終わり、一息つきながら帰り支度をしていたところ 「上野、今日暇か?駅前のゲーセンにでも行かねえ?」 目の前の席に座っている四ツ谷から声を掛けられた。 クラスも部活も同じため、級友の中では一番親しく接している。 「悪い、これから生徒会だ」 「おいおい、本当かよ」 「本当さ、なぁ目黒?」 隣で同じく帰り支度している目黒に聞いた。 「え?うん、そうよ」 ニコッと微笑みながら返してくれた。 「全く、部活がないときにまで忙しいな」 四ツ谷がそう呆れていると ![]() 「しょうがないだろ、そうしなきゃ暴れる奴らがいるんだからな」 全く別の方向から声が聞こえてきた。 聞き覚えのある声と思いながらそっちに振り向いてみると 「か、神田さん!?」 学年が違うはずの神田さんが何故ここにいるのか不思議に思いつつも、俺も四ツ谷も立ち上がって頭を下げた。 部活ではもちろん、戦闘の特訓でも厳しく鍛えられているため、自然とこういう風になってしまう。 「どうもお疲れ様です」 目黒も俺たちほどではないが頭を下げた。 「お疲れ。と、上野ちょっと一緒に来てくれないか?」 「え?」 「職員室に生徒会室宛ての荷物が届いたみたいでな、量があるみたいだから手伝ってほしいんだ」 「あ、はい、分かりました」 理由を聞いて納得してから、カバンを手に取り 「じゃあ四ツ谷、また明日」 と言ってから神田さんと教室を出た。 「おう、頑張れよ」 そんな四ツ谷の声が背後から聞こえてきた。 「上野君、私は先に生徒会室に行ってるね」 「OK、またあとでな」 そう目黒と言葉を交わしてから、目黒は職員室とは逆にある生徒会室へと向かった。 「近距離戦の心得・・・ですか?」 神田さんから荷物を一緒に運んでいる最中にいきなり言われ、思わずそのまま返した。 「あぁ。今生徒会でそれを担当しているのは俺と大崎、あと大塚が出来る程度だ」 「た、確かにそうですね」 「だが、俺達3人は来年には卒業しちまう。その後誰がこのポジションを担う?」 言われてみれば、重要な問題だ。 目黒と五反田は完全に長距離戦向き、近距離戦なんてまずムリだ。 渋谷は近距離戦向きではあるが、まだまだ実力不足は否めない。 となると、今のところ近・中・遠どれにも対応出来る俺がその穴を補うのが自然の流れだ。 だが、それには1つ問題がある。 「でも俺、まともな近距離用の武器持ってないですよ」 『遠雷』もどの距離に対しても有効なだけで、近距離に特化した武器と真っ向から戦うのは危険だ。 他にも何種類か武器を持っていないわけではないが、『遠雷』に比べると見劣る物ばかり。 「安心しろ、今お前が持っているそれが解決してくれるはずだ」 「え?」 俺が持っている荷物、それは30cm四方の箱だ。 外見は軽そうに見えるが、意外と重い。 と思っているうちに、『生徒会室』に着いた。 「まぁ、理由は後で話してやるよ」 神田さんがそう言いながらドアを開けた。 「えぇ!?」 いきなり中からそんな声が聞こえてきた。 何かと中を覗いてみると、そこには目黒と、驚いている田町さんがいた。 「・・・どうしたんだ?」 すかさず神田さんが聞いた。 「いやね、目黒が中距離射撃を教えてくれって言うから・・・」 「ほぅ・・・」 口には出さなかったが、俺も神田さんと同じく感心した。 「でも目黒、アンタは今の長距離支援で十分役割を果たせてるわ。それで十分じゃないの?」 「いえ、私も色々と視野を広げてみたいんです」 「そう・・・」 思えば、あの野球部との一戦でその目黒の考えの兆候は見えていた。 砲身で突いてからの零距離射撃、アレはいきなり思いついて出来ることではない。 すると 「いいじゃないか、教えてやれよ田町」 神田さんが助け舟を出してきた。 「でも・・・」 「それに、ちょうどいい物が届いている。それを使えばやりたいことも出来るだろう」 そう言って、神田さんは俺が持っていた箱を手に取った。 それを開けると、更に頑丈そうな箱が出てきた。 見た目からして、金属製の箱・・・これならあの重さも頷ける。 そして神田さんはそれを手間取ることなく開けた。 そこには、『武器チップ』が入っていた。 これには、ログイン時に使用する武器のデータが入っている。 これをリストに備わっている専用のスロットに入れることで使用可能になる。 「そ、それどうしたんですか?」 武器チップは物が物だけに、生徒がそう簡単に手に入れることが出来る代物ではない。 大抵は授業の成績に応じて手に入れることが出来る程度だ。 「牙津さんからだ」 「え?」 「先月の手伝いのお礼に、ていくつか送ってきてくれたんだ」 考えてみれば、牙津さんは武器開発関連の企業に勤めていると聞いた。 これぐらいのお礼なら安いものなのだろう。 そのチップを、神田さんは2つ取り出し1つずつ俺と目黒に渡した。 「これを進化させれば、お前達の望んだ武器になるはずだ。まずはそれを使いこなせ」 「は、はい」 「分かりました・・・でも、私もいいんですか?」 目黒が疑問をまっすぐぶつけた。 確かに目黒は当日の任務に参加していない、疑問を感じるのは当然だ。 「お前だってバックアップを頑張っただろう?その報酬さ」 「あ、ありがとうございます!」 そう返事しながら、俺と目黒はチップをスロットに入れた。 「・・・え?」 「これが?」 その武器の情報を見て、俺も目黒も疑問符を浮かばせた。 俺はともかく、目黒にまでそれが活かせるとは思えない武器だからだ。 「神田さん、これ・・・」 「言ったろう、使いこなせって。そうすれば分かるはずさ」 確かにエンドレスバトラーの武器はたまに想像も出来ない形に進化する、これだけじゃ何とも言えない。 ここはやはり・・・ 「とりあえず目黒、定例報告終わったら使ってみようぜ」 「うん!」 「ったく、ちっとも片付きゃしねえ」 文句を言いながら、6月初夏の『百花高校』の校門でホウキを掃く用務員が1人。 彼の名前は羅印、住み込みの用務員である。 人当たりが良いとは言えないが、勤務態度に関しては教師の間では定評がある。 「毎日ご苦労さまです、羅印さん」 そんな教師の音無が声を掛けてきた。 「お、どうも。お疲れ様です」 一旦手を止め、羅印は頭を下げた。 「いつも大変で、すいませんね。ウチの生徒がだらしないばかりに」 「いや、これぐらいがちょうどイイですよ。じゃなきゃ暇で仕方ないですし」 表情を変えずに羅印は答えた。 「・・・だけど羅印さん、本当にいいのですか?あなたは本来は」 「先生」 音無が話しているところを、羅印が遮った。 「元々戦うしか能のない俺を、こんな形でも受け入れてくれた先生方には、ホント感謝してます。でも・・・」 「でも?」 「・・・俺はそれと同時に、戦いを捨てました。あの頃の俺は、もうここにはいません」 「じゃあ、何故未だにリストを付けているんですか?」 指摘を受けたラインの左腕には、古びた認証リストが着けられていた。 「護身用ですよ、俺に恨みを持っているヤツなんていくらでもいるもんでね」 「それで・・・本当にいいんですか?」 「はい・・・」 そう答えた羅印の目は、どことなく寂しさが滲んでいる。 音無にはそう見えていた。 「エヴォリューション!!」 体育館のど真ん中で、俺と目黒の持っていた武器が光り輝きながら姿を変えた。 「・・・どうにか目標はお互い達成出来たな」 「だね」 共にログアウトしながら声を掛け合った。 俺も目黒も、見た限りでは目的の武器に進化は出来たようだ。 定例会議が行われる前の、この僅かな時間を利用した甲斐はあったな。 なんだかんだで、ここまで来るのに1週間近く掛かったし。 「・・・と、そろそろ時間だな、行こうか」 「うん」 そう言って俺達は体育館を後にした。 「こんにちはー」 挨拶しながら生徒会室に入ると、ほぼ全員揃っていた。 いないのは、いつものように会長と・・・あと渋谷か? 「あれ、渋谷は?」 「今日は欠席するって言ってました」 五反田が俺の質問に答えた。 アイツのことをよく知っているとは、流石といえば流石、か。 「とりあえず2人とも座れ、始めるぞ」 「はい」 神田さんの言われるがまま、俺達は席に座った。 「よし、それじゃ定例報告をやるか。まず文化系・・・田町、大塚、何かあるか?」 「いえ、何もないわよ」 「でも、注意は払っておくわ」 俺がこの生徒会に入ってから3ヶ月目になるが、今のところ問題が起きたことはない。 野球部のような連中が現れないようにするための、予防程度にはなっているようだが。 「じゃあ次に屋外部活・・・目黒、どうだ?」 「それなんですが・・・」 聞かれた目黒が口を濁らせた。 「そうした?」 「1つ気がかりなことがあるんです」 気がかり? 「何があったんだ?」 「実はサッカー部のことなんですけど・・・」 サッカー部か・・・。 一応普通に部活をしている連中だが、どうもチャラチャラした奴らが多いんだよな。 「サッカー部がどうしたんだ?」 「それが・・・マネージャーが次々と辞めているんです」 「え?」 サッカー部の連中て、部員にしてもマネージャーにしても、その手の出会いを求める人が多いて良く聞く。 それを考えると、これは明らかにおかしい。 「原因は分かるか?」 「それがまだ・・・。今残っているマネージャーが1人だけらしいので、コンタクトが取れ次第報告します」 「了解、じゃあこの件については頼んだぞ」 「はい」 でも目黒は目黒で、今日出来たばかりの武器の練習もある。 しばらくは目黒にとって大変な日が続きそうだ。 「とりあえずこの件は目黒に任せるとして・・・屋内系の部活、上野、何もないよな?」 「え?あ、はい、特に問題はありません」 「じゃあ定例報告はこれで終了、部活がある奴は行っていいぞ」 神田さんの一声と共に、まず品川さんと大塚さんが席を立って部活へと行った。 「あ、神田さん、この前渡された武器、最終まで進化させました」 リストを操作し、スクリーン上に先ほど進化させたばかりの武器を映し出した。 「ほぅ、コイツになったのか」 それを見た神田さんに、何故か感心された。 「お、ソイツを手に入れたのか」 神田さんの後ろで見ていた大崎さんが言ってきた。 「そうだ。大崎、コレの使い方上野教えてやってくれるか?」 「おぅ、いいぜ」 神田さんの頼みに、大崎さんは二つ返事で答えた。 「え?いいんですか?」 「あぁ、これの使い方なら神田より俺の方が詳しいからな」 自信ありげに大崎さんが言った。 確かに大崎さんの戦い方を考えると、その意見には納得できる。 「だけど大崎、普段の勉強も疎かにするなよ?来月の試験で痛い目見たくなかったら、の話だけどな」 「わ、分かってるって!」 ・・・迷惑はかけない程度に教わることにしよう。 「とりあえず、これから早速やるか?」 「はい、お願いします」 今日は部活もないから、思いっきり教われるし。 「あ、私達も一緒にやるわ〜」 こちらの会話が聞こえたのだろう、田町さんが言ってきた。 「オーケー、じゃあ早速行こうぜ」 こうして俺達は生徒会室を出て体育館へと向かった。 「よし、思いっきり来い!!」 「はい!・・・ウォォォォォ!!!」 お言葉に甘えて、俺は思いっきり大崎さんに立ち向かった。 そして俺の右手の備わった武器を用いて、攻撃を放った。 対する大崎さんは武器は構えず、防具である攻盾システム『トリケロス』で防御の姿勢をとった。 それに対し俺に怯む必要はない。 そして、俺の武器と大崎さんの『トリケロス』がぶつかり合い、スパークした。 この武器の特性を生かしたこの攻撃。 それを生かすには、ぶつかり合っている間に効果を出すしかない。 実現するには、この武器をいかに使いこなすかが重要となってくる。 この攻撃が完成しないとなると、まだまだこれを使いこなせていないということと同義だ。 そう考えを巡らせていると、俺と大崎さんの間で弾けるような衝撃波が起こった。 それに俺と大崎さんは互いに吹き飛ばされた。 だけど、この手の衝撃にはもう慣れている。 難なく着地し、大崎さんの方を見た。 俺と同じく、無事着地していた。 「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」 「・・・・・」 今の衝突で俺は息切れしているのにも関わらず、大崎さんは息1つとして荒れていない。 いくら俺とは違い防御しているだけとはいえ、ここまで俺との力の差が歴然としているとは・・・。 「よし、合格だ」 「え?」 すると大崎さんが『トリケロス』の端を指差した。 微かにだが、ヒビが入っている。 この1週間、大崎さんと神田さんにミッチリ鍛えられた成果が表れたようだ。 「あとは今のを何度も撃って慣れることだ。そうすれば、必殺技の完成だ」 「ひ、必殺技?」 ![]() 「あぁ、そういうのがあれば少しは燃えるだろ?」 「は、はぁ・・・」 何というか、大崎さんらしい考えだ。 そんなことを思っていると 「タァ!」 「発射!」 という掛け声が聞こえてきた。 声の方を見てみると、目黒が渋谷と五反田のタッグを相手にしていた。 渋谷は接近して、五反田は後方から支援、と2人の得意な位置で攻撃していた。 それに対して目黒は渋谷に近づきすぎず、五反田から離れすぎずの距離を保っていた。 どうやら、やりたいと言っていた中距離戦を実現出来ているようだ。 そんな3人の傍では田町さんはその様子を見ていた。 「中々筋がいいじゃないか、3人とも」 大崎さんがそう田町さんに声を掛けた。 「やっぱりそう思う〜?」 笑顔でそう返答した。 「目黒って、性格的には長距離射撃が得意だけど体格的には小柄だから、この手の動き回りながら戦うのには向いているのよね」 田町さんのこの言葉には、確かに納得した。 現にあの野球部との一戦で見せた『ジェノサイドモード』での一撃。 あれを放った後の目黒を見れば戦い方に負担が大きいのは目に見えていた。 それに、今の戦いぶりを見ている限りでもこの戦法に対する適性が備わっているのは良く分かった。 いくら自分よりランクが低い渋谷と五反田とはいえ、2人がかりで立ち向かっているのに、明らかに目黒に翻弄されている。 「おい、お前達。そろそろ時間だぞ」 「あ、はい」 大崎さんの一声に思い出し、時計を見てみた。 週に一度の定例報告、その開始15分前だった。 俺達は、ほぼ一斉にログアウト、戦闘服からいつもの学生服に変化した。 「よし、じゃあ行くか」 大崎さんがそう促すと 「あ、先に行っていて下さい」 目黒がそう切り出してきた。 「どうした、何かあったか?」 「実は先週お話した例のサッカー部のマネージャー、話をしてくれるそうなんです」 それは確かに興味深いことだ。 「なるほど、じゃあ俺達は先に行っているぞ」 「はい・・・あ、あと渋谷さんもちょっと借りてきます」 「え?」 目黒はそう言ったが、渋谷本人はキョトンとしている。 「ちょっとね、渋谷さんがいたら話がすぐ通じるっぽいし」 「・・・あぁ、そういうことですか、了解です」 「じゃあ、行ってきます」 そう言って2人は行った。 「それじゃ、先に行こう♪」 いつもの明るさで田町さんが俺達の先頭を歩いていった。 俺達もそれに付いて行くように歩いた。 「・・・今の学生は、もうあんな武器に触れるのか・・・」 たまたま体育館の横を通りかかり、今の練習を見ていた羅印はつい言葉を漏らした。 「ま、頑張っているようなら何よりだ」 そう呟きながら、羅印は校門に向かった。 もちろん目的は、いつもの掃き掃除のためだ。 「・・・ん?」 そんな道中、羅印は何かを見つけた。 「・・・何してんだ、あいつら?」 俺達が生徒会室に着いた時には会長と品川さんを除く全員が揃っていた。 会長はいつものようにサボリだったらしいが、品川さんは補習の授業に出席してから来るということらしい。 なのでその間に簡単な定例報告を行ったが、それも済んでしまい、今は 「お〜〜い、if文て何だ〜?」 「ねぇ、期待値って何〜?」 神田さんによる大崎さんと田町さんの勉強会が行われていた。 聞いた話によると、大崎さんは今度の期末試験で赤点を取ると卒業までお小遣いなしということらしい。 なので今回は前回以上に万全の対策をしないといけないようだ。 それに田町さんも巻き込まれてしまっているらしい。 そんな光景を眺めていると 「皆さん、お待たせしました」 目黒と渋谷が揃って入ってきた。 その後ろに、メガネにお下げが印象的な見知らぬ女子が1人いた。 おそらく、彼女が・・・。 「この子が、サッカー部のマネージャーの・・・」 「よ、代々木です。皆さん初めまして」 目黒に促されるような形で挨拶してきた。 「ようこそ生徒会へ、とりあえずそこにお掛けください」 神田さんに言われ、代々木は空いていた椅子に座った。 「さて、早速本題ですが、最近サッカー部に何かありましたか?」 「そ・・・それは・・・」 聞かれた代々木は目を逸らし、体を小刻みに震わせた。 「代々木・・・」 そんな代々木に渋谷はそっと肩に手を置いた。 「安心して、代々木。ボクに話してくれたことを言ってくれればいいんだから」 「渋谷ちゃん・・・」 ・・・これは? 「五反田、もしかして2人て・・・」 「え?あ、はい、僕たち同じクラスです。サッカー部のマネージャーてことは今知りましたけど」 なるほど、ということは先週休んだのは、今回の件の相談でもしていたんだろうな。 確かに、渋谷らしくはある。 「実は・・・」 そんなやり取りをしていると、代々木が口を開いた。 「最近、部員達の態度がおかしいんです」 「え?」 「今までは私たちマネージャーに優しく接してくれていたのに、2、3週間ほど前から急に一変して・・・」 言ってるうちに、代々木の目から涙が溢れ出してきた。 話しただけで泣きだすぐらいだ、余程酷い仕打ちを受けたのだろう。 「・・・何か、心当たりはありますか?」 それを多少気にしながらも、神田さんは質問を続けた。 「わ・・・分かりません。私も知りたいぐらいで・・・」 「そうか・・・」 そう言って、神田さんは考え込んだ。 「・・・近いうちに、詳しく調査するか」 「え?」 「この事態は確かにおかしい、もう少し力を入れて調査した方が良さそうだ」 たったこれだけの短期間で答えを導き出すなんて、流石神田さんだ。 「とりあえず、今日はありがとう、代々木さん」 「い、いいえ、こちらこそお役に立てず、すいません」 慌てながら代々木は頭を下げた。 「じゃあ、今日はもう帰ってもらっていいですよ」 「・・・あの、私送っていきます」 目黒がそう提案してきた。 言われてみれば、こんな泣き顔のまま送り出したんじゃ、こちらとしても気分がいいものではない。 「・・・そうだな、確かにその方が良さそうだ。じゃあ頼めるか?」 「はい」 「じゃあ私も行きます」 それに続いて渋谷も名乗り出てきた。 「よし、じゃあ2人ともよろしくな」 「はい」 そう言って目黒、渋谷、代々木の3人は生徒会室を後にした。 すると神田さんは 「・・・よし、じゃあ俺達は品川を待つか」 と言った直後に大崎さんと田町さんの方を向き 「それまで、ミッチリ勉強見てやるよ」 と言い放った。 「・・・は〜い」 もちろん大崎さんも田町さんもそう返事するぐらいしか元気が残っていなかった。 「・・・あ!」 目黒たちが帰ってから10分ほどして、突然五反田が声を上げた。 「どうした?」 「渋谷さんに、宿題のノート貸すの忘れてました」 「・・・あぁ、なるほど」 そういえば、渋谷って運動は出来るけど勉強はイマイチだったよな・・・。 「今から行けば、まだ間に合うだろ。行って来いよ」 「は、はい。じゃあ行ってきます」 そう言い残して、五反田は走って出て行った。 「・・・じゃあ、話の続きを始めるか」 「あ、はい、お願いします」 俺はと言うと、槍のような中距離格闘戦の戦い方を聞いていた。 あの武器での戦い方を考えると、教わっておいた方が役立つと考えたからだ。 「この手の槍みたいな武器って、相手を間合いに入れない戦い方が重要なのは分かる?」 「はい」 「でもアンタのそれの場合は逆。如何にして相手の間合いに入るかが勝負の鍵なわけ」 「なるほど・・・」 「本当は実際に手合わせした方がいいのかもしれないけど、今日はもうどこも空いてないだろうから、また今度ね」 「はい、そん時はヨロシクお願いします」 ・・・なんでだろう、心なしか大塚さんが先月に比べて優しくなった気がする。 「スマン、遅れた」 いつものような素っ気無い言葉を発して品川さんが入ってきた。 「遅いぞ、品川〜。もう目黒も渋谷は帰っちまうし、五反田は追いかけてからまだ帰ってこないし」 大崎さんが不満を言った。 そういえば、あれからもう20分近く経つけど、未だに五反田が帰ってくる気配がない。 「文句を言うなら、例のサッカー部の奴らに言ってくれ」 この品川さんの一言に、室内に沈黙が流れた。 「・・・品川、それどういうことだ?」 それを破ったのは神田さんだった。 「どういうも何も、アイツらが掃除やら補習の時間やらになっても帰らないで駄弁っていたから、こっちはそれを全て受けて捗らなかったんだよ」 「・・・妙だな」 「ええ」 品川さんの言葉に、神田さんと大塚さんがいち早く疑問を持った。 「何でです?」 それに対して疑問がある俺は、率直に聞いた。 「今日はサッカー部は休みのはずだ、そうだろ?」 「え、ええ。じゃなきゃ、代々木はここに来なかったでしょう」 「・・・上野、お前今でこそ生徒会に入っているが、もし入ってないで部活だけに入っていたら、そういう休みはどうする?」 「どうするって・・・」 とりあえず、その仮定を冷静に考えてみた。 そりゃ、休みにもなれば体をゆっくり休ませたいし、溜まっている部屋の掃除とかしたいし、何よりも予習復習も・・・。 それに、前のように四ツ谷からの誘いを断る必要だってなくなる。 あれ、これって・・・。 「・・・いつまでも学校で、しかも掃除やら補習やらで色々使う教室にいませんね」 「そう、その通りだ」 神田さんが俺の答えを肯定した。 「しかも付け加えると・・・同じ3年のサッカー部はほぼ全員いた。教室が本来違う奴も、な」 「え?」 品川さんの口から発せられた、出来すぎた偶然。 俺に考えられるのは、ただ1つ。 「・・・代々木の・・・待ち伏せ」 「だろうな」 サッカー部が休みのこの日に、代々木が密告するのを察しての行動。 そう考えると、全てが繋がる。 「・・・上野、お前あいつらが帰る道とか分かるか?」 突然の神田さんからの質問。 確かに俺は、渋谷の帰り道は知っているし、目黒に至ってはお隣さんだ。 しかも、2人は途中まで同じ道を通る、代々木がどこに住んでいるかは知らないが・・・ 「大体の・・・見当はつきます」 「よし、お前はその道を辿って3人と合流しろ、大崎と田町はそれとは違うルートを探してくれ」 「わ、分かりました」 大崎さんと田町さんも、既に勉強道具を片付け、準備万端だ。 「品川は俺と共に職員室へ連絡。大塚、残って連絡役を頼んだ」 神田さんからは、冷静な指示が次々と飛んだ。 「じ、じゃあ行ってきます!!」 とにかく、下手したら一刻を争う事態だ、急がなければ・・・。 その10分ほど前。 『百花高校』の近所にある河原の歩道。 そこに目黒、渋谷、代々木の3人がいた。 サッカー部とに囲まれる形で。 「あ、アンタ達何!?」 そんな状況に、渋谷は喰いかかった。 「なあに、君達に関係はないさ」 サッカー部員の1人が、長髪をなびかせながら答えた。 「僕たちが話したいのは・・・代々木ちゃん、君なんだから」 それを聞いた代々木は恐怖で怯えた様子を見せた。 目黒と渋谷はそれを見て、庇い立った。 と、目黒は取りだしていたケイタイを見て1つの事実に気付いた。 (・・・ログイン反応!?) ケイタイから、確かにそれを示す反応が表れていた。 そこから、一刻を争う事態だと気付いた目黒は急いでIDを取り出し、 「EB、ログ・・・」 すぐさまログインしようとしたその時 「え!?」 すぐ後ろに何物かが現れ、リストにIDを差し込もうとした目黒の腕を押さえた。 押さえたのは別にいたサッカー部員。 そしてまたすぐに渋谷の後ろにも何物かが現れ、羽交い絞めにされた。 「な!?は、放せ!!」 2人とも迂闊であった。 いくら素質や実力があっても、ログインしなければ2人はただのどこにでもいる女子高生。 ログインした状態の相手に反応速度で勝てるわけがない。 「さて、君達も・・・あとでゆっくり相手してあげるからね」 この言葉は、2人にとって恐怖以外の何物でもなかった。 「EB、ログイン!!」 突如、その場にいた者全員の思いもしない方向から声が聞こえてきた。 その声の方を向くと、そこにはログインし、『砕かれた世界』を構えた五反田がいた。 そしてすぐさま引き金を絞り、レーザーを放った。 いくつにも拡散されたレーザーはサッカー部員それぞれに向けて一直線に走った。 一見無茶苦茶に見える五反田の行動。 「!?」 だがサッカー部員全員、何かしらの防具を取り出し、それを防いだ。 無論、ダメージなどない。 「ふぅん、君も生徒会かな?」 「・・・だとしたら何ですか?」 決していつもの礼儀さを崩さぬまま五反田は答えた。 「なら、少し黙っててくれないかな?俺達、男に興味はないんだ」 「・・・そうはいきません、不正ログインにより、生徒会特権で取り締まらせてもらいます」 「そうか・・・なら」 長髪のサッカー部員が何やら手で合図をすると共に、他のサッカー部員も構えた。 「ゆっくり相手してあげることにしようか」 「クソー・・・どこにいるんだ・・・」 生徒会室を飛び出して、既に10分は経つ。 だけど、あの3人はモチロン、五反田の姿も見えない。 この河原の歩道は、特に遮蔽物はないから姿はすぐに確認出来るはずなんだが・・・。 一体、どこへ・・・。 焦りが募りつつある中、急にどこからか爆音が聞こえてきた。 「!?今のは・・・」 間違いない、五反田の『砕かれた世界』の発射音。 だが、辺りを見渡してもそれらしい影は見当たらない。 となると、どこか姿が見えない場所・・・。 そんな場所・・・とてもじゃないが見えない。 と、今の俺の足元を見た。 俺が立っている場所、それは橋・・・。 「まさか・・・!?」 気が付くと、俺は走り出していた。 歩道の上から橋の下が目視出来る角度を確保出来る場所まで。 すると、確かに見えた。 サッカー部員に捕まっている目黒達3人と、サッカー部員にリンチを受けている五反田の姿が。 このまま静観する理由、そんなものは・・・ない! 「EB、ログイン!!」 ログインの完了と共に、俺は、駆け出した。 そんな俺にサッカー部員達も気付いたようだが、遅い。 まず、手には『遠雷』を纏わせ、そして集団に切り込む直前に拳同士をぶつけた。 そして雷雲を発生させ、怯んだ隙に捕まっていた3人はもちろん、五反田も助けた。 ついでに雷雲か抜け出した直後に 「迸れ!!」 雷雲に電撃を流した。 これで万事解決になるとは思えないが、時間稼ぎにはなるだろう。 「皆、大丈夫か!?」 「わ、私達は大丈夫だけど・・・それよりも五反田君が・・・」 目黒の一言で、五反田を見た。 全身痣だらけな上、服の所々が破れ、出血もしている。 いくらログインしていると通常以上に回復能力が上がっているとはいえ、これは危ない。 「う・・・上野さん、すいません、力になれなくて・・・」 弱弱しい声でそう言ってきた。 だが、周りを見渡してみると2人ほど倒れているサッカー部員がいる。 どう考えても、五反田倒したからだろう。 それだけでも十分な成果だ。 「気にするな、それよりもよくやったな、ここまで。今は休め」 「・・・はい」 そう言い残し、五反田は気を失った。 「・・・渋谷、大塚さんが連絡役をしてくれている、連絡してくれるか?」 「あ、はい!」 「その後は五反田の介抱と、代々木の護衛だ」 「わ・・・分かりました!」 すると渋谷はケイタイを取り出し、連絡し出した。 「目黒、もうそろそろ雷雲の効果が切れる。一緒に足止め、出来るか?」 「えぇ、もちろん」 すると目黒もIDをリストに押し当て、ログインした。 そして手には『ジャンクション』が握られた。 「上野君・・・」 「ん?何だ?」 「彼ら・・・強化されてるわ、気をつけて」 強化・・・あの野球部員達と同じか。 詳しいことは分からないが、とてつもなく強くなるということだけは分かる。 と、ここで雷雲の効果が切れ、サッカー部員達が姿を現した。 「生徒会特権により、お前らを拘束させてもらう!」 「覚悟してください!」 そう宣言し、俺達は戦闘に入った。 「菜美!」 大崎が目の前から走ってくる田町に向かって声を掛けた。 「剛、そっちはどう?」 田町も大崎の目の前まで駆け寄ると、そう聞いた。 「いや、駄目だ。一体どこに・・・」 目標としている目黒と渋谷の姿が見えないことに苛立ちながら答えていると、田町のケイタイが鳴った。 液晶には大塚の名前が表示されていた。 「もしもし」 『菜美?今渋谷から連絡が来て、やっぱりサッカー部に襲われたみたい。今神田が向かっているから、そのまま合流して』 「了解、で、どこで合流すれば?」 「・・・来たぞ」 「え?」 遠くを見ている大崎の言葉に反応し、田町も同じ方向を見た。 まず、俺はサッカー部の方へ駆けていった。 目黒に接近戦をさせるのは厳しい、それを考えれば当然の選択だ。 その最中に、 「シュート!」 目黒の『ジャンクション』の引き金が絞られ、光線が放たれた。 俺よりも先に届く光線に対し、サッカー部は回避行動をとった。 流石はサッカー部と言ったところか、身のこなしが野球部のそれとは違う。 これにより、光線はかすりもせずに空を切った。 だが、これは俺も目黒も見通していたことだ。 「迸れ!!」 俺達の本当の狙い、それは回避行動をとって身動きが取れない相手を仕留めることだ。 サッカー部員の内、飛んで回避した相手に対して俺は掌を向け、雷撃を放った。 このまま行けば直撃・・・のはずだった。 「な!?」 俺は目を疑った。 狙ったサッカー部員の目の前で、途切れたのだ。 どうやら、俺の『ビームコーティング』と同じような防具だろう。 そうなると、目黒の砲撃もそれを破って当てたとしても、いつもの効果は望めないだろう。 それなら・・・ (俺が接近戦で仕留める!!) ふと、サッカー部が持つ武器を見てみる。 銃などの射撃系を除くと、あるのは槍と剣、それに拳、か。 あの身のこなしを考えると、ただ『遠雷』で殴るのは困難だ。 なら・・・『遠雷』の特性を利用して形を変えて・・・ (剣・・・二刀流で勝負だ!) 両手からそれぞれの一振りを剣を形作り、俺は立ち向かった。 この手の防具は、発生している内側に入ればその効果は発揮できない。 まず、同じく剣を持つ1人に対して間合いに入り剣を振り下ろしたが・・・それを軽く避けられた。 それどころか、その隙に攻撃を仕掛けられた。 俺はそれをもう片方の剣で防ごうとした。 「!?」 受け止めようとした相手の剣が俺の剣を通り抜けた。 運良くギリギリのところで回避し、危ないと感じ取った俺はそのまま後退し、目黒と合流した。 そう、これが『遠雷』の利点であり欠点『実体がないこと』だ。 自由に形は変えられるが、接近戦において手数の多い乱戦には防御できない分不利だ。 しかし、あの身のこなしに先ほどの防具のことを考えると雷撃が当たるとはとても思えない。 「・・・上野君」 後ろから目黒が声を掛けてきた。 「・・・アレを使うか?」 「えぇ、この状況じゃ『遠雷』も『ジャンクション』も不向きだわ」 「だな・・・」 早速コイツを使うことになるとはな・・・。 まだ『遠雷』に比べて使いこなせているとは言えないが、文句は言えない。 それは目黒にも言えたことだろう。 「よし、行くぞ!」 「うん!」 「ウェポン、チェンジ!!」 その瞬間、俺と目黒の武器が姿を輝かせながら変えた。 俺のは、前腕部をまるごと保護したナックルに。 目黒のは、砲口を弧状に9つ並べた大型の銃に。 「・・・ふん、武器を変えたらどうにかなると思っているのか?」 サッカー部の、リーダー格と思われる奴が俺達を見ながら呟いてきた。 もっとも、俺達自体そんなことは思っていない。 だけど、今はこいつらを倒すんじゃない、時間稼ぎをすればいい。 武器を変えるだけでも、相手が戦況にあわせるだけでもそれは出来る。 だから今は・・・ 「行くぞ!」 「ええ!」 俺が駆けると同時に、まず目黒が引き金を引いた。 9つの砲口からは、光線がそれぞれバラバラに放出された。 だが結局は光線、真っ直ぐ飛ぶことに変りはない。 おそらくサッカー部員達はそう思ったのだろう、ただ飛ぶだけで避けようとした。 しかし、この光線は一味違った。 1つ1つの光線が何回も進行方向を変えながら目標を追いかけていったのだ。 「な!?」 それを避けきれないと判断したのだろう、サッカー部員一人がその場で防具から先ほどの防具で防ごうとした。 だが、立て続けに押し寄せる光線を全て防ぐことは出来ず、ついにバリアは破られ、光線が直撃した。 目黒の武器、それは9連弧状光線放射兵器『ピーコック・スマッシャー』。 1発1発の威力は『ジャンクション』には劣るが、撃った後の隙がこちらの方が少ない。 それに、一度に放てる光線の数が段違いに多い。 目黒が求めていた中距離戦用の武器としては最適な代物だ。 それもあってか、目黒は先ほどとは違い、引き金を引いた後にその場から離れた。 そして俺は、目黒が狙いきれなかった2人に的を絞って駆け出した。 最初に間合いに入ったヤツ、そいつは剣は剣でも、ビーム系の剣を手にしていた。 この類の武器はいくつもあって把握しきれないが、そんなの今は関係ない。 言えるのは・・・こいつと俺は (相性が・・・いい!) すると相手から俺に仕掛けてきた。 だから俺はそれに合わせて 「フィールド展開!!」 この武器の能力を発動させた。 すると両手の拳の周りに白い膜の様なものが出現した。 それを思いっきり相手の武器に当てた。 その瞬間、ビームが見事に砕け散った。 この膜は、特殊な力場・・・特にビームの類に滅法強い。 『ビームコーティング』を更に強力にし、武器として攻撃も出来るようにした代物。 その名も・・・攻防一体型力場利用兵器『両腕部Iフィールド発生器』。 「クッ!」 ビームが拡散されて武器が無力化されてしまったことにより、コイツ明らかに動揺している。 だから俺はその隙に、もう片方の手で思いっきり 「デヤァーッ!!」 殴り飛ばしてやった。 川の方へ飛んでいったが、流石に俺もそこまで鬼じゃない、落ちない程度に加減はしてやった。 その証拠に、落ちる一歩寸前でそいつは止まると共に気絶した。 「・・・少しはやるようだな」 残ったもう1人、リーダー格とも取れるやつが俺を見て言った。 武器を見てみると、今のと同じビーム系の接近戦武器・・・。 威力改良型大型戦斧『高出力ビームトマホーク』。 となると、問題になるのが・・・ 「だが、こいつの出力にその膜は持つのかな?」 ということだ。 ・・・いいだろう。 「受けて立ってやる」 俺も答えるように構えた。 勝負は一瞬。 俺の『両腕部Iフィールド発生器』と、奴の『高出力ビームトマホーク』がぶつかった時だ。 正直、まだ俺はコレを使いこなせていない。 大崎さんから言われた『必殺技』も今が使う時なのかもしれないが、それも出来るか分からない。 だが今は・・・ (やるしかない!!) 意を決して、俺も相手も、同じタイミングで駆け出した。 「ウォォォォォ!!」 まず、奴は『高出力ビームトマホーク』を振り下ろしてきた。 「ハァァァァァ!!」 それを俺は左手でアッパーする形で止めた。 まず最初に、相手の『高出力ビームトマホーク』のビーム部分がフィールドに触れた。 その瞬間、ビームは弾けとんだ。 コイツは出力が大幅に上がれば、フィールドも貫けると思っていたのだろう。 しかし、コイツはビームを『打ち消す』んじゃなく、『逸らす』効力を持つ。 出力を上げたところで、どうこう出来るものじゃない。 そしてそれは、ビームほどではないが物質にも作用する。 そいつを利用して、相手の武器を全く違う方向へとずらした。 これによって生じた隙を利用して、奴との間合いに入り込んだ。 大塚さんの言っていた通り、こうすればこちらに有利だ。 そして 「フィールド収束!」 右腕から展開させたフィールドを全て右手に集めた。 このフィールドの効力は、敵にぶつけることで爆発的な攻撃力を発揮することになる。 それを最大限発揮するには、フィールドの濃度を上げることが一番いい。 しかし、まだ完全に制御は出来ていない。 その証拠に、フィールドが不安定だ。 これにより、俺の右手の指は輝いて見える。 (そういえば、『必殺技』の名前、これでいいんだよな・・・) 元々頭の中に、この『必殺技』の呼び方は入っていた。 何を意味するか分からなかったが、今なら納得できる。 だからその名前を叫びながら、俺は右手を突き出した。 「必殺!シャイニング・フィンガーーーーー!!!」 右手が相手に触れた瞬間、フィールドの反発力が強力な衝撃となり、思いっきりソイツは吹き飛んだ。 ぶっつけ本番で、どうにかこの効果を発動出来た。 だけどそのためもあって流石にコイツは加減がきかない、吹き飛んだままソイツは川に落ちた。 深くはないはずだし、溺死はないだろう。 反省させることもかねて、少し放置することにしよう。 と、今まで『ピーコック・スマッシャー』を撃ち続けていた目黒がこちらに寄ってきた。 見る限り、目黒も2人ほど倒したようだが、まだ何人も残っている。 残った奴らは、皆こっちを見て構えている。 「はあ・・・はあ・・・」 やはり目黒自身戦い方に不慣れなこともあるのだろう、酷く息が上がっている。 「・・・目黒、まだいけるか?」 「そう・・・したいけど・・・ちょっと・・・厳しいかも・・・上野君は?」 「・・・俺もだ」 『シャイニング・フィンガー』は強力だが、一度放つとすぐにフィールドを展開出来ない。 まだそれを使ってない左手のフィールドだけで凌ぐしかない。 「俺が引きつけるから、目黒はそこを狙ってくれ」 「わ・・・分かった」 そして俺が駆け出そうとした、その時だった。 「そこまでだ」 静かに、辺りにその声は響いた。 声がした方を見ると、そこにはあの用務員さんがいつもの格好で立っていた。 確か名前は・・・ 「羅印・・・さん?」 「生徒会、ご苦労だったな。ここからは俺がやるから、黙ってくれていいぞ」 「え・・・?」 何故だろう、羅印さんから言葉には出来ない覇気のようなものが感じ取れた。 「・・・ふん、用務員如きが俺達をどうにか出来るとでも思っているのか?」 完全になめた口調でサッカー部の1人が言った。 他の部員達も完全に羅印さんを下に見ていた。 「用務員・・・如き、か」 すると羅印さんは被っていた帽子を外した。 帽子があった箇所には、キレイに整ったオールバックの髪が姿を現していた。 「お前達、よく覚えておけ」 「あ?」 ![]() 「お前達は今日、その用務員如きに負けるんだからな」 この言葉に、サッカー部は頭に来たのだろう。 「こ、このヤロー!!」 1人が剣を持って羅印さんに襲い掛かった。 「あ、危ない!!」 俺はそれを止めに入ろうとしたが、間に合いそうにない。 だが羅印さんに剣が振り下ろされた次の瞬間、信じられないことが起こった。 羅印さんがその剣を、なんと素手で受け止めていた。 「や・・・やっぱり」 俺の後ろで目黒がケイタイを見ながら呟いた。 「どうした?」 「羅印さん・・・もうログインしている」 「え?」 いつもと全く変らない格好をしているのに? おそらく、特別製のシステムを使っているんだろう。 そうでなきゃ、戦闘体制に入ったことも示すログイン後の戦闘服の意味がない。 「これで終わりか?」 羅印さんが迫ってきたサッカー部員に静かに聞いた。 「え?」 「なら・・・こちらから行くぞ!!」 次の瞬間、羅印さんから衝撃のようなものが辺りに走った。 それと同時に、信じられないがオールバックだった髪が全て逆立っていた。 この衝撃は、襲い掛かってきたサッカー部員を仲間達の方へと吹き飛ばした。 そして羅印さんはすぐに武器を具現させた。 あれは・・・ 「『ピーコック・スマッシャー』?」 そう、目黒がさっきまで使っていた『ピーコック・スマッシャー』そのものであった。 だが、年季が入っているのか所々ボロボロになっている。 「や、やっちまうぞ!!」 「おぉ!!」 気合を入れなおしたサッカー部員達が一斉に襲い掛かっていった。 すると羅印さんは、自身を竜巻のように回転しながら跳んだ。 さらに捻りを入れ、サッカー部員達の頭上で頭が下になる形になった。 そして回転を続けながら『ピーコック・スマッシャー』を構え、そして発射した。 すると、『ピーコック・スマッシャー』の9つの砲口のどこから光線が発射されているのか分からない、そんな攻撃が放たれた。 ただでさえ軌道が変る光線、それの発射口が分からなくなっただけでも回避する難易度は倍増だ。 それにサッカー部員達は何をしていいか分からず、ただ・・・ 「う、うわあーーーー!!?」 この攻撃を受けるしかなかった。 だが、ここから見て妙な点がある。 「・・・当たってない」 何人かには当たっているが、効果があるかどうか聞かれると疑問に思ってしまう、その程度の命中率だ。 羅印さんはこの攻撃を何発も行ったが、結果は同じだ。 結局、半分も倒せていない。 ただ、砂煙とサッカー部員自身の感じた恐怖で、身動きを取らせていなかった。 と、羅印さんが着地し、 「ウェポン、チェンジ!」 武器を変化させた。 それは、直径50cmほどの小さな玉。 だが、羅印さんはそれを手にしていない、宙に浮いていて、そこに一本の線が上から降りてきた。 次第に玉は輝きを増していった。 一応武器名らしきものは見えるが、何のことかよく分からない、そんな名前だ。 砂煙も晴れ、サッカー部員達が羅印さんを確認した時、表情に先ほど以上の恐怖が表れた。 「コイツでも喰らって・・・少しは頭冷やせ!!」 「その必要はないですよ」 その言葉が聞こえてきた次の瞬間、何かがサッカー部員の1人の持っていた剣目掛けて落ちてきた。 落ちてきたのは、巨大な剣。 それを持っていたのは・・・ 「神田さん!」 「待たせたな」 いつもながらの冷静さでこっちの呼びかけに答えてくれた。 「く、くそぉ!!」 そんな神田さんに2人ほどが襲い掛かろうとした。 「おいおい、隙だらけだぜ」 今度は次の瞬間、3本の物凄い斬撃がその襲い掛かろうとしたサッカー部員を止めた。 これを引き起こしたのは・・・ 「大崎さん!」 「ったく、探すの苦労したぜ」 斬撃を起したその爪を構えながら応えられた。 「こ、これなら!!」 すると少し離れた場所にいた、銃を持ったやつらがそれを構えた。 すると今度は何本もの光線がそいつらの銃に直撃、弾き飛ばした。 その光線が飛んできた方を見ると、そこには・・・ 「田町さん!」 「ゴメンね、遅くなっちゃった」 軽く謝りながらこっちに来た。 今の3人の攻撃で、サッカー部員は完全に無力化されると共に包囲された。 この状況を覆すことは、まず無理だ。 「う、うわぁぁぁぁ!!」 この状況に絶望したのか、1名逃げ出そうとした。 だが、目の前に刀を突きつけられ、それを止めた。 刀を持っていたのは・・・ 「蝶子先生!」 「お前達、ご苦労だったな」 ふと笑みを浮かべながら俺達を労ってくれた。 「蝶子先生・・・」 羅印さんがそんな蝶子先生に声をかけた。 「羅印さん、すいませんね、ウチの生徒達のためにわざわざ・・・」 「いえ、それよりも、しばらく用務員としての立場を忘れさせてもらいます」 「え?」 すると羅印さんは、先ほど銃を落とされたサッカー部員の1人に寄り、襟首を掴んだ。 「ヒッ!?」 先ほどの羅印さんの攻撃があるからだろう、激しく怯えている。 「答えろ。どこでその強化をしてもらった?」 「え・・・駅前のゲーセン」 駅前のゲーセン・・・前に四ツ谷に誘われたあそこか。 「嘘をつくな!本当のことを言え!」 「ほ、本当だって・・・。『これを使えば何でも出来るようになる』って、チップ渡されたんだよ」 「・・・一体誰にだ?」 「し、知らねえよ。名乗りもしなかったし・・・」 「そうか・・・」 それを聞いた羅印さんは、掴んでいた手をパッと離した。 「羅印さん、何かあったんですか?」 蝶子先生も心配に思ったのだろう、聞いてみた。 「蝶子先生・・・どうやらまだ、『E計画』がどこかで進んでいるようですよ」 『E計画』? 何なんだ、それは・・・。 「え?それじゃまさか・・・」 「安心してください、こいつらはそこまではされていません。もっとも、このままだとどうなっていたか・・・」 そう話しながら、羅印さんは先ほど外した帽子を再び被った。 「じゃあ俺はこのまま学校へ帰ります、あとの処理をお願いします」 そう言い残し、羅印さんは帰っていった。 「・・・お前達、とりあえずこいつら、保健室まで運ぶぞ」 倒れているサッカー部員達を見て、蝶子先生がそう指示した。 でも、やっぱりこういう場合はそうなっちゃうか・・・。 「分かりました・・・上野、お前は3人を送っていってやれ」 「五反田は俺達がどうにかするから」 神田さんと大崎さんにそう言われた。 「あ、はい。じゃあお言葉に甘えて・・・」 その後、渋谷と代々木を無事送り、俺と目黒の2人だけで帰路に着いていた。 「『E計画』・・・何なんだろうな、それって」 「分からない。でも・・・私達じゃ考えられないことが起こっていることは確かね」 今まで見たことがないぐらいに、目黒の表情は深刻だった。 そんな目黒に、何て言えばいいかは分からない。 ただ言えることは・・・ 「それでも、俺達がやるべきことは変らない、そうだろ?」 「・・・うん、そうよね」 やっと目黒に明るい笑顔が戻った。 そう、俺達がやることは変らないんだ。 たとえ、この先何があっても・・・。 数日後。 「ではこれですべての聴取は終わりです。ご協力ありがとうございました」 「こちらこそありがとうございました」 生徒会室で神田が代々木に再度聴取を行っていた。 サッカー部員が予想より早く行動を起こしたため、事態は一気に収束へと向かった。 そして代々木もあの一件の後は明るさを取り戻し、何の問題のない学園生活を送っている。 「よ、大変だったみたいだな」 そんな中、池袋が入り口から挨拶をして入ってきた。 「珍しいな、どうしたんだ?」 「なんか大変なことが起きたんだろ?それなら会長の俺も顔を出さなきゃ、と思ってな」 「か、会長!?ど、どうもはじめまして!」 その会話を聞いた代々木が立ち上がって頭を下げた。 「おいおい、そんな緊張しなくていいよ。そんな偉い身分でもないしさ」 「・・・俺としてはもう少しその身分を弁えてほしいんだがな」 神田が池袋に対してため息交じりに言った。 「ところで神田、今後サッカー部に対しては何か対策あるのか?」 「あぁ、とりあえず目黒に加えて田町にも監視をしてもらうつもりだ。文化系は大塚一人でもどうにかなるしな」 「でも、それだけで大丈夫なのか?」 「断言はできないが、ないよりはマシだろう」 「・・・なぁ代々木さん?」 急に話を代々木へと向けた。 「はい?」 ![]() 「君、生徒会に入ってみない?」 「え・・・えぇ!?」 急なスカウトに代々木は驚きを隠せなかった。 「おい池袋」 神田も流石にやりすぎだと判断し、つい名前で呼んだ。 「君が入ればサッカー部の監視も出来るし、都合がいいだろう?」 池袋は構わず代々木への誘いを続けた。 「で、でも私、まだBランクなんですが・・・」 渋谷や五反田が既にAランクだという状況を踏まえると、それは低く感じてしまうのは否めなかった。 「安心していいさ、俺が直接指導してあげるから」 「え?」 「ちょっとした伝手があってね、いいトレーニング場所もあるからそこで鍛えようぜ、な?」 「わ・・・分かりました」 少し動揺しながらも、代々木は承諾した。 「じゃあ、今度の土曜にここにおいで。その時に詳細を話すからさ」 そう言って池袋は名刺のような紙を代々木に渡した。 「は、はい。よろしくお願いします」 代々木は頭を下げて生徒会室を出た。 「・・・お前も急だな」 半分呆れながら神田は言った。 「大丈夫、あの子なら俺の立派な後継者になるさ」 「・・・なるほど、そういうことか」 神田もそれを聞いて納得した。 「やっぱりわかったか」 「そりゃ分かるさ。それに、あのサッカー部の状況で最後まで辞めなかったんだ、芯は強いはずだ」 「だろ?分かってるじゃないか」 「しかも、ここの学生で一番の実力者であるお前に教われるなら問題ないだろうしな」 「おいおい、お前が本気を出せば俺も敵うか分からないぜ」 両手でお手上げをジェスチャーしながら池袋は答えた。 「その言葉、そっくり返してやるよ、『適合者』」 「・・・へぇ、知ってたのか」 口調をそのまま、ただ凄みだけを混じらせながら池袋は聞き返した。 「最近、な。俺にもちょっとした伝手があるんでね」 「そうか、それは怖いな」 「目的は・・・アイツか?」 「おっと、そこからはノーコメント。引き続きその伝手を頼るんだな」 「・・・そうか、分かった」 「じゃあ、またな」 池袋はそれだけ言い残してその場を後にした。 「・・・・・」 神田はそれを無言で見つつ、次なる手を模索していた。 |