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Endless Battle 〜百花繚乱〜 完全版
卒業編

放課後の生徒会室。

中には俺と目黒の2人だけがいた。

真ん中の机には書類が並べられ、色々と話し合いを行っていた。

もう既に3月、あの泉岳寺との戦いからそろそろ1年が経とうとしている。

それを思い出させるように、来週には卒業試験が待っている。

俺も目黒も、この1年間で更に実力を上げたのは間違いない。

これで落第することはまずないだろう。

だから試験前でも、こうやって他のことに専念することが出来る。

そして今やっているのは・・・

「やっぱり次の会長は五反田君に?」

「あぁ、そのつもりだ」

その試験後に発表する次期会長についてだ。

この1年間、2年生の3人を見てきて適任なのは五反田というのが俺の結論だった。

「確かに、ちょうどいいのは彼よね」

「そう、渋谷は前に突っ走りすぎるし代々木は守りに入りすぎる、それが2人のいいところでもあるんだけどな」

俺も目黒も、同じ認識を持っていることを再確認した。

五反田も代々木同様後ろに下がりすぎる傾向があったが、この1年で大分解消された。

それに、俺が経験して思うのは会長というこの役職はサポートに回ることが多々ある。

五反田の元々の気質なら適任だろう。

「じゃあこれについては大丈夫ね・・・上野君、私はそろそろいいかな?」

時計をチラッと見た目黒からそう聞かれた。

「あぁ、早く行ってあげな」

「ありがとう、じゃあまた明日ね」

「お疲れ」

それだけ言葉を交わすと、目黒は荷物を持って部屋を出て行った。

「・・・さて、と」

それを見届けた俺は、喉の渇きに気づいて近くのポッドまで行き、自分でお茶を淹れ始めた。

考えてみたら、放課後に入ってから目黒とずっとしゃべりっ放しだった。

喉が渇くのも当たり前だ。

そして淹れたばかりのお茶を片手に大量の書類の前に再び座った。

いくら来週に会長を退くとはいえ、やることはまだ山ほどある。

それまでに消化しないといけない・・・そう考えると、疲れが出始めた。

「お疲れさまでーす!」

俺がそう考えていると、さっき話題に出たばかりの2年生の3人が入ってきた。

「おう、お疲れ」

散らばった書類を片付けながら返事を返した。

さっきまで話題にしていた次期会長に関連する書類も混じっている、あまり見られたくはないからだ。

「目黒さんが出ていくのを見ましたけど、もう帰ったんですか?」

五反田が率直な疑問をぶつけてきた。

「あぁ、少しでも子供たちといる時間を長く取りたいんだってさ」

目黒が暮らしている孤児院は、高校生までしか暮らせないという明確なルールが存在する。

そのため目黒は、寮が備わっている大学に奨学生として合格した。

もちろん、目黒自身が大変な努力して手に入れた結果だ。

だけど、その実現のために子供たちと過ごす時間を犠牲にしてしまった。

だから出ていくまでは出来る限り一緒に過ごしたい、それが目黒の想いだった。

「なるほど・・・ところで上野さん」

「ん?」

喉の渇きを潤そうと、さっきのお茶を口にしたところで代々木に声をかけられた。

「目黒さんとは付き合わないんですか?」

「ブッ!」

予想外の質問、それも普段そんなことを言わない代々木からの言葉に、思わず口にしたお茶を吹き出してしまった。

「だ、大丈夫ですか!?」

責任を感じたのか、代々木が真っ先に離れたところに置いてあったティッシュを持って俺のところまで来た。

「あ、ありがとう・・・大丈夫だ・・・」

濡れた口元をそのティッシュで一生懸命拭いた。

「でも代々木の言う通りですよ、どうして付き合わないんですか?」

追い打ちをかけるように渋谷から聞かれた。

「付き合わないか、ってお前らそういう風に俺たちを見てたのか?」

「はい」

俺の返した質問に3人そろって即答された。

「上野さん気づいてないかもしれませんが、1年生からもそう見られてますよ」

五反田から更に事実を突き付けられた。

「そ、そうなのか?」

「はっきり言って、生徒会以外でもお似合いのカップルということで有名ですよ」

「・・・初めて聞いたぞ、そんな話」

そんな浮いた話が俺にも目黒の耳にも届かなかったことが不思議で仕方なかった。

「で、結局のところどうなんですか?」

代々木から追撃を受けた。

・・・まさか代々木がこの手の話が好きだとは思いもしなかった。

「どうって、別に俺たちはそういう関係じゃねえぞ」

正直に今の目黒との間柄を話した。

確かに俺自身、目黒と一緒にいて安心感があるのは間違いない。

だけど、それが俺と目黒が付き合うことになるとは結び付かなかった。

「なら上野さんから告白すればいいじゃないですか、目黒さんだって断りませんよ」

渋谷からそう後押しされた。

傍から見ればそうなるのかもしれないが・・・

「おいおい、俺たちが卒業後忙しくなるのは知っているだろう?」

目黒はエンドレスバトラーになるだけでなく、引退後の後進の育成のために教員免許の取得も考えている。

そのためにやるべきことは山ほどあった。

俺も卒業後はかつて池袋さんが所属していた部隊に所属することになっている。

例の組織のような、エンドレスバトラーの力を悪用する者たちへの対策部隊だ。

既に全国、いや世界的にその存在は確認されている。

日本にいられる時間だってないかもしれない。

そんな状況で、俺たちが仮に付き合えても、自然消滅になる可能性の方が大きい。

『あら、それぐらい乗り越えられない?』

急に声が聞こえてきた。

正体は大体分かっている。

振り向くと、そこには1台のパソコン。

普段、書類などを作る際に使っている生徒会共用の物だ。

そのモニターが付くと、目白さんが表示された。

去年のあの戦いで、目白さんの存在が知れ渡ってからこの生徒会の特別顧問という形でこうやって関われている。

「お疲れ様です・・・というか、普通に難しいでしょ」

挨拶すると共に、俺はそう返した。

『私は普通に賛成だけどなぁ、君なら未莉を幸せにしてくれるだろうし』

「いや、そう言われましても・・・」

肉親も同然の目白さんにそう言われ、少し動揺を見せてしまった。

『そうだ、上野君も未莉と同じ大学に進めばいいんじゃない?』

「・・・ハァッ!?」

突拍子もない提案に、俺は思わず声を上げた。

「目白さん、ナイスアイデアです!」

「ほら、これなら一緒にいる時間も取れますし、万事解決ですよ」

「上野さん、これどうです?」

3人からもこの案を全面的に押された。

「私も賛成だぞ」

また別の方向から声が聞こえてきた。

今度は入り口近く、そこに蝶子先生がいた。

「先生・・・」

「お前の成績なら試験は楽勝だし、今度その大学は後期試験がある。

進学率を上げたいのも学校としての総意だから、全面的にバックアップ出来るぞ」

蝶子先生からの言葉は非常に説得力があった。

去年の俺だったら流されていたかもしれないが・・・

「そうですけど・・・俺は折角身に着けた力を少しでも早く活かしたいので、その話は遠慮しておきます」

この1年で、俺は更に実力を備えた。

一刻も早く活かしたい俺に、進学という選択肢はなかった。

「そうか、仕方ないな・・・じゃあ、その活かす機会をあげよう」

そう言いながら蝶子先生は俺に封筒を手渡してきた。

「・・・特別依頼ですか」

「あぁ、最後のな」

去年、俺が『ネバーエンディング・フューチャー』の効力で『神の領域』に達しため、通常生徒会に来る依頼では簡単になりすぎてしまった。

そのため、通常の依頼については2年生と1年生に任せることにして、俺と目黒は別の依頼を受けることになった。

と言っても、基本的に来るのは例の組織関連の依頼であった。

この1年間で、サイボーグの大半は無力化された。

池袋さんが未来から持ってきたサイボーグの無力化装置が稼働を始めたからだ。

これにより、サイボーグ達が自分達で作った物は動くこともなくなった。

本当はもっと早くから稼働させたかったらしいが、未来と現代の技術で合わない部分があったらしく、その調整に時間がかかったらしい。

ただ、泉岳寺自らが手がけた工場はプロテクトがかかっているらしく、直接破壊するしかなかった。

俺と目黒には、特別依頼としてその破壊を任されていた。

こちらとしても、最後まで関わりたいと思っていたこともあり、喜んで引き受けさせてもらった。

「それで、今回の場所は・・・え?」

早速封筒の中を見ると、意外な場所が書かれていた。

「これって・・・」

「そう、例の組織の元本拠地よ」

「しかも、場所は・・・」

「えぇ、太平洋上の人工島」

話だけは聞いていた、そこで戦艦を建造し、その後宇宙へ出てあの要塞に合流したと。

だけど、疑問に思うこともある。

「でも、何で今まで放置されていたんですか?」

戦艦の建造がされたという事実まで調査が進んでいたのに、その後破壊も何もしなかったことに疑問を感じた。

「この人工島、元々どの航路からも外れている上に今残っているのも数体の警備用のロボットのみ、

近づかなければ害がないから1年近くも放置されていたみたいだ」

「なるほど、納得です」

もう調査済みなら、重要度の低そうな場所にかける時間も費用もないというわけか。

だとすると・・・

「・・・それをわざわざ調査ということは、何かあったんですか?」

「あぁ、その依頼書にも書かれているが、何か不思議な力場を感知したらしい」

「力場?」

あまり聞きなれない言葉を聞いたため、思わず聞き返してしまった。

「実はその力場ていうのを、池袋が気づいたらしい」

「池袋さんが?」

今池袋さんは、バーチャル空間でエンドレスバトラーに関する様々な監視を行っている。

ログイン情報や各地の情勢、そして異星人やサイボーグの情報がその対象だ。

その力場も、監視を行っているうちに見つけ出したのだろう。

「今回は場所が場所だし、その力場も気になるから、私たちが送っていく」

「え・・・送る?」

「『ハンドレット・フラワー』の出発許可が下りた、それで現地まで直行だ」

「い、いいんですか!?」

去年のあの出発でさえ異例だったんだ、それをこの依頼のためだけに出すのは流石にやりすぎに感じてしまう。

「この1年間、お前たち2人には頑張ってもらったからな、これぐらいお安い御用だ」

笑顔でそう応えられてしまった。

「・・・分かりました、よろしくお願いします」

ここまで来ると、断るのは逆に失礼だ。

遠慮なく受けさせてもらおう。

「依頼書は目黒にも見せておくんだぞ、じゃあな」

それだけ言い残し、蝶子先生は去っていった。

「はい・・・ところで、何か用があったんじゃないのか?」

嵐のようなやり取りが終わり、2年生の3人が来ていたことを今思い出した。

「はい、来週の進級試験に向けて、手合わせお願いします」

聞かれた五反田がそう答えた。

たしかに俺も去年経験しているから、あの大変さはよくわかっている。

俺もやることが溜まっているが、少しぐらいなら問題ない。

「分かった、でも他にやることもあるから、先に行って待っていてくれ」

「はい、ありがとうございます!」

俺の承諾に安心した3人は、そのまま駆け足同然に生徒会室を後にした。

「・・・というわけで、やることが出来てしまったので今日は相手出来ないんですが、いいですか?」

取り残されたようにモニター上にポツンと表示されている目白さんを気にかけて質問してみた。

「いいわよ、私も様子見に来ただけだし」

「そうですか、わざわざ来てもらったのにすいません」

「大丈夫よ、気にしないで。じゃあ、この続きはまた今度ね」

それだけ言い残し、目白さんは画面上から消えた。

「さて、と・・・」

それを確認した俺は、再び目の前の書類の多さを確認した。

どれから手を出し、どれだけ処理してから2年生達と合流するか、その基準を決めるのも難しいほどの量が残っていた。



バーチャル空間。

まだ公には発表されていないその場所は、試験的ながら様々な場面で活用されていた。

エンドレスバトラーのログイン情報、異星人の侵略状況、対サイボーグ停止装置の動作確認などである。

その複雑な情報を、数人の管理者が分担して行っている。

池袋もその一人であり、彼が自ら未来から持ち込んだ対サイボーグ停止装置に関する全権を持っていた。

幸いにも稼働してから順調にそれは働いており、不具合は全く見られなかった。

しかし、泉岳寺が施したプロテクトまでは解除出来ず、現実にいる者達にその対応を依頼するしかなかった。

その対象となる施設を調べ上げるのも、池袋の重要な任務の1つであった。

「池袋君、お疲れ」

その多忙な池袋の後ろに、目白が姿を現した。

「お疲れ様です」

池袋は返事を返すが、表示されている数多の情報から目をそらすことが出来ず、背を向けたままであった。

無礼なことは池袋自身も承知しているが、目を離した隙に重大な情報を見逃すと大惨事になる。

それだけのことを池袋が監視していることを目白は理解していたため、それ自体に不快感を感じることはなかった。

「これ申請書、適当な時に処理お願い」

そう言って目白は池袋の横に紙を1枚置いた。

見た目は紙だが、実際は書類のデータ。

元々は現実の世界にいた者達がほとんどのため、そこで分かりやすい形に変換されることが多い。

その書類を、池袋は横目で見た。

「・・・これ、本当ですか?」

内容をそれだけで把握した池袋は反射的に質問してしまった。

「あの子たちのこれまでの功績を考えたら、妥当じゃない?」

「・・・反対はなかったんですか?」

目の前の情報に集中しながら池袋は疑問を投げかけた。

「今のところないわ、あってもどうにかするつもりだけどね」

「その発言には恐怖を感じます」

ただでさえそれなりの権限を持っている目白の発現と捉えると、池袋には脅威としか感じられなかった。

「ところで、例の力場はどう?」

自ら振った話題を目白は切り替えた。

「あれから発生したり消えたりを繰り返してますよ、これ以上は直接の調査が必要です」

池袋は丁寧に自分の持っている情報を説明した。

「でも、そんなに急いで確認する必要あるの?」

思っていた疑問を目白は率直に口にした。

「・・・この力場、一度見たことあるんですよ」

「・・・?そんな話聞いたことないわよ」

池袋よりも長くバーチャル空間にいる目白でもこの状況は初めてであったため、池袋のこの説明に疑問を感じた。

「そりゃそうでしょう、だってこの力場・・・」

ここまで言って、池袋は一旦呼吸を挟み、一言話した。

「俺が未来から来た時に発生した力場と同じなんですから」



戦艦『ハンドレット・フラワー』。

後継であるUが作られても、まだ現役で運用されていた。

運用といっても、必要な状況にならない限りは百花高校の地下で出番を待つばかりであった。

そのためもあって、未だUよりも戦線投入される優先度は高いという話を出発前に聞いた。

その『ハンドレット・フラワー』は、目標である太平洋上の人工島に向かっている。

その艦橋には俺に目黒、蝶子先生に音無先生、そして・・・

「これも活動の一環ですか?」

「まぁ、そんなところだ」

「よろしく頼むぜ」

新橋と田端が一緒にいた。

組織の壊滅後、関係者は芋づる式に逮捕、処罰されていった。

特に巣鴨を始めとした幹部クラスは厳罰を受け、少なくとも二度とエンドレスバトラーになることは出来なくなった。

だがこの2人は、若さと事情から情状酌量の余地があると判断され、それは免れた。

代わりに、その力を有効活用するよう任務を請け負うという奉仕活動を課せられた。

今回もその一環で俺たちに同行するようだ。

「ところで、今回の島について何かご存知なんですか?」

目黒が2人に質問した。

かつて組織に所属、それも高い階級にいたはずだから何か知っていてもおかしくない。

「残念だが、戦艦の建造以外何も把握していない」

「俺もだよ」

2人とも首を横に振りながら答えた。

この2人でも詳しく知らない場所、それを考えるとやはり・・・

「やっぱり泉岳寺が持ち込んできた未来に関する場所、ということですか?」

「その可能性が非常に高い、気を引き締める必要はあるぞ」

「分かりました・・・」

この短いやり取りで、艦内に緊張が高まった。

「4人とも、着いたぞ」

蝶子先生の言葉に反応する形で、俺達は外を見た。

視界に入ってきたのは、ただ普通の島・・・だけど、緑は全くなく、人工物とみられる白い建造物ばかりが目立った。

「手筈通り、頼んだぞ」

「はい!」

返事をした後、俺たちはすぐにエレベーターに乗り、カタパルトへと向かった。

『ハンドレット・フラワー』は沖合であるこの場所で待機。

俺たちは『メガライダー』などを使って島に到着後、徘徊している警備ロボットを排除。

その後新橋と田端は空から周囲を警戒、俺と目黒で内部を調査するという流れになっている。

調査して何もないことが一番いいんだが、さっきのやり取りから考えてそれはないだろう。

だからこそ、そこからが本番だ。

「出発準備、完了です!」

俺が考えを巡らせている間に、全員出発準備が整った。

『よし、全員出撃!』

音無先生の掛け声が放送されると共に、俺たちは出発した。



島に到着してしばらくは順調そのものだった。

警備ロボットの戦力では、俺たち4人を止めることも出来なかった。

すぐにそれらを壊滅させ、打ち合わせ通り新橋と田端は空中で様子を窺っている。

俺と目黒は、目的である調査へと入っていた。

この島で一番怪しいのは、目の前にそびえ立つ建造物。

高さは精々3階程度なので高くはないが、この島を覆いつくすほどの広さはあった。

それは直径200メートル、それを調査するのだから大変さは容易に想像がついた。

その建造物の入り口の目の前に、俺たちは難なく到着した。

「目黒、行くぞ」

「うん・・・」

俺たちは気を引き締めながら、扉を開けその建造物へと足を踏み入れた。

中はとにかく広かった。

だが、その感想自体が異常だった。

なぜなら、部屋どころか通路すら見当たらなかったからだ。

とにかく開けた空間、しかも床はくりぬかれていて、外からの見た目以上に広かった。

おそらく、このくり抜かれた部分で戦艦を建造していたのだろう。

そして、俺たちの緊張を更に高める要因があった。

天井も壁もあるのに、中が明るかったからだ。

照明が未だについている、それはつまり未だにこの場所が稼働していることを表していた。

更に、くり抜かれた場所に床が存在しなかった。

照明の明るさでも、その底を確認することが出来ないほどに深かった。

・・・戦艦が建造されていたと予想されるのにも関わらず、だ。

この状況は、益々怪しさと感じさせた。

(先生、想像以上に危ないですよ、ここ・・・)

俺はすぐに戦艦にいる先生2人に、この状況を伝えた。

(分かった・・・それじゃあ、支給された調査機をその中に放り込んでみるんだ)

(了解です)

そう言われて、俺はその調査機を取り出した。

それは、見た目上はただの銀色のボール。

でも中身は非常に精密らしく、これで取得した力場データをバーチャル空間にいる池袋さんに送ることが出来るみたいだ。

そのボールを俺は穴に放り投げた。

穴に吸われるようにボールは姿を消し、しばらくしてから小さく着地した音が聞こえた。

その小ささから、俺も目黒もその深さを察した。

「人工島なのに、かなりの深さなのね」

目黒が疑問を口にした。

たしかに、人工島である以上、全てが作られたものだ。

こんな沖合に作られるのだから、それなりの深さを用意することも不可能ではない。

だけど、戦艦を作るためだけにこの深さは必要か?

その上、もう1つ疑問に思ったことがある。

「・・・それに、何を動かしているんだ?」

照明だけのために稼働を続けるとは考えにくい。

では一体何のために・・・考えるだけでも、謎が深まっていく。

そう考えを巡らせていると、ケイタイに着信が入った。

液晶を見ると、それはバーチャル空間にいるはずの池袋さんからだった。

何か結果が分かって報せに来たんだろう、すぐに電話に出た。

「はい、上野で・・・」

『上野君、早くその穴を破壊するんだ!』

俺の応答を遮るように池袋さんから指示が飛んだ。

「え?何で・・・?」

『説明している暇はない、急ぐんだ!』

「わ、分かりました、目黒!」

「分かったわ!」

池袋さんの声が漏れて伝わったんだろう、目黒もすぐに行動に移った。

俺は『ネバーエンディング・フューチャー』でそのまま光線を、目黒は『ピーコック・スマッシャー』の引き金を絞って砲撃した。

放たれた光線はそのまま穴の中に吸い込まれるように消えていった。

いくら穴が深くても、光線の射程距離内であることは間違いない。

この底に到達するのは間違いないだろう。

その証拠に、光線が命中を示す爆発音が耳に聞こえてきました。

更に追撃を・・・俺も目黒もそう思った瞬間、急な地震が俺たちを襲った。

「な!?」

「キャッ!?」

急な現象に目黒と揃って慌てていると、穴の底から何かがせり上がって来るのが見えた。

エレベーターのように床が上がってきているのは分かったが、もう1つ異様なものが乗っていた。

ロボットが・・・床を覆いつくすと思えそうな巨体を持ったロボットが横たわっていた。

やがて床が最上部まで到達し、俺たちの視界をそのロボットが埋め尽くした。

そして状況を把握する前に、そのロボットが立ち上がろうとした。

「!?一旦出るぞ!!」

「え、ええ!」

その行動が非常に危険なものだとすぐに分かり、俺も目黒も建物から飛び出た。

あんな巨体が立ち上がれば、建物は簡単に天井が抜け、その瓦礫が俺たちに襲い掛かってくるからだ。

飛び出た後振り返ると、まさに建物からそのロボットが突き抜けていた。

「な、何だあれは・・・?」

急な脅威から難を逃れ、やっと落ち着いて状況を分析することができた。

『あれは100年後の未来で開発されたサイボーグの1つだ』

未だ通話が繋がっているケイタイから池袋さんの解説が来た。

「未来からの?」

『あぁ、それをタイムマシンを使って部品を少しずつ転送し、組み立てていたみたいだ。

それに、そいつの大きな特徴は2つある、1つが装甲だ』

「装甲?」

言われて見てみると、あそこまで建物を盛大に破壊しながら傷が全くついていなかった。

「もしかして、かなりの耐衝撃性能が備わっているのでは?」

『その通りだ、未来で実用化されている特殊合金で全身を覆っている、この時代の物理攻撃で破壊は不可能だ』

「じゃあ光線系の武器で・・・」

そう言いながら俺は『ネバーエンディング・フューチャー』で再度砲撃を試みようとした。

『光線は一番危険だ、効果がない!』

「え?」

その言葉の意味が分からないため、通常の砲撃でなく小型の拳銃を具現して小さな光弾を放った。

光弾はロボットに当たると同時に、損傷を与えるどころか跳ね返って全く別の方向へと飛んだ。

「な!?」

見たことのない現象に戸惑っていると、池袋さんから解説された。

『その装甲は光線に対する反射加工も施されている、ビームなどの光線は効かないどころか跳ね返ってくるぞ』

「・・・なるほど」

言われた意味がよく分かった。

本気の光線を放つ前で助かった。

でも、その装甲だけならまだやりようがある。

「それなら関節を・・・」

この手のロボット、特にここまで巨大となると関節部は装甲で覆うことも難しくなる。

だからそこを狙えば・・・と膝の部分を見てみると、まさにその装甲でキッチリと覆われていた。

『残念だけど、未来では関節をちゃんと装甲を装着できる技術が確立されているんだよ』

「そ、そんな・・・なら他の箇所を・・・!」

有効なのは関節だけではない。

頭部のカメラレンズ、砲口、ブースターと脆くなってしまう部分はいくつもある。

だからそのいずれかを攻撃すれば・・・。

『君が考えている箇所は、全て対策されているよ』

「え?」

池袋さんの言葉から、ロボットの特徴を改めて観察した。

まず頭部、普通のロボットに見られる、目の役割を果たすカメラレンズがなく、全てあの装甲で覆われていた。

『そいつは内部にある複合型レーダーで目標物を捉える、だからカメラを装着する必要がない』

「なら砲口やブースターは・・・」

目標物を捉えたところで、破壊する武装が無ければ意味がない。

だからそれは確実にある・・・はずだった。

「・・・ない」

どこを探しても、それらしき穴がなかった。

『そいつの武器は、巨体から放たれる格闘のみ、下手な武装はない、それがもう1つの特徴だ』

「・・・無茶苦茶ですね」

デカくて歩くだけで目の前の目標を破壊する、あまりにも単純なコンセプトに思わず呆れてしまった。

・・・ここまでの情報を整理すると、俺は大変なことに気づいてしまった。

「池袋さん、1つ聞いていいですか?」

『何だい?』

「こいつに・・・航海機能はついてますか?」

「上野君?」

俺の質問に、目黒が疑問を持ったように聞いてきた。

『そいつ自体にそんな機能はないよ、余計な機能は弱点に繋がるからね』

「そうですか・・・それなら良かった」

「何かあったの?」

目黒から改めて質問された。

「あぁ、もしこいつに海を渡れる機能があったら・・・上陸されただけで甚大な被害が出るだろ?」

「!?」

俺の言葉で目黒も事の重大さがすぐ理解できたみたいだ。

こいつがもし海を渡って日本に上陸してきたら、昔の怪獣映画みたいな光景が想像出来てしまう。

映画ならともかく、現実でそうなったら目も当てられない。

『ところで上野君、そこはどこだっけ?』

「え、どこって・・例の組織が遺した人工島ですよ」

今更のことを聞かれて戸惑ってしまった。

『そう、人工島だ。つまり目的があって作られたわけだ・・・その意味が分かるかい?』

「え・・・まさか!?」

最悪の可能性が思い浮かんだ直後、急に地面が揺れた。

周りを見渡すと、景色が少しずつ動き出していた。

「し・・・島が・・・」

「動いてる!?」

俺も目黒も、その可能性が現実になっていることを悟った。

『人工島が船となって日本に向かっている』という最悪のシナリオを。

「何か・・・何か手はないんですか!?」

俺が思いつく知識では、対処法が思いつかない。

『もちろん対抗策はある。一番手っ取り早いのは、あの装甲を上回る硬度の素材で作られた武器を使うことだ』

「・・・そんなものあるわけないですよ」

未来ならともかく、今の時代にそんな物が存在するはずがない。

『もう1つ、これは既に確立されている技術だ』

「何ですか?」

『装甲に影響されずに破壊出来る武器を使う、代表的なのは『月光蝶』だ』

「・・・なるほど」

言われて納得出来た。

1年前に見た、らむち先生や目白さんの『月光蝶』ならこいつの装甲も溶解出来るだろう。

そう考えているうちに、目の前のロボットが動き出した。

俺たちを敵と判断したのだろう、拳を振るおうとしてきた。

この場にいては危険だ、すぐに俺も目黒も飛び退こうとした。

その時、ロボットに爆発が起きた。

一瞬何が起きたか分からなかったが、すぐに理解出来た。

『ハンドレット・フラワー』がこっちに向かいながら砲撃を行ってきていたからだ。

機銃やミサイルがロボットに襲い掛かっているが、ロボットに傷が付く気配がなかった。

「大丈夫か?」

状況を把握しようとしている俺たちに、蝶子先生と音無先生が駆け寄ってきた。

「はい、大丈夫で・・・て、『ハンドレット・フラワー』はいいんですか!?」

この2人がいないと戦艦の中は無人だ、良いわけがない。

「戦艦は自動運転にしてある、弾薬が尽きるまで放射してくれるはずだ」

たしかにそれなら注意ぐらい引き付けてくれるはずだ・・・それよりも、やってもらわなくちゃいけないことがある。

「そうだ、先生、らむち先生に応援要請を!」

「こっちにも池袋から連絡を受けている、既に手配済みだ」

「そうですか、ならそれを・・・」

「だが、それだと間に合わない」

一瞬の安堵のうちに、音無先生から不安な発言が飛び出した。

「え?」

「さっきシミュレーションを行った、こっちに到着して『月光蝶』による溶解を行っても・・・その前に上陸されてしまう」

「そんな・・・」

『月光蝶』はその威力のため、宇宙空間や今のように周りに影響を与えない場所でないと使えない。

だから上陸される前に溶解しきらないと、逆に都市部に『月光蝶』の影響が出てしまう。

「じゃあ、お姉・・・目白さんへの要請は?」

目黒が思い出したかのように聞いた。

たしかに目白さんの『月光蝶』でも対応できるし、『バーチャル空間』から直接くれば間に合うはずだ。

「それも依頼したが、申請に時間がかかるらしい。らむちよりも遅いこともあり得る」

「そんな・・・」

『俺の方でも早急に対応している、準備出来次第すぐ向かってもらう、検討を祈るよ』

それだけ言い残し、池袋さんからの通話が切れた。

だが頼みの『月光蝶』ではこの状況に対応できないという状況に、絶望が漂い始めていた。

「だから、私達で食い止めるわよ」

蝶子先生が『山紫水明』を構えて言った。

「え?」

「ただ指をくわえて見ているわけにはいかないだろう?少しでもやれることをやるぞ」

音無先生も『フェザーファンネル』を具現化させ、敵を見据えた。

「こっちにも連絡がきた」

「俺たちも手伝うぜ!」

空の警護に当たっていた新橋さんと田端も降りてきた。

「よし、全員狙いを左膝に集中させろ、それが作戦だ」

「え、でも膝の部分も・・・」

改めて確認するが、その左膝も装甲で覆われていた。

「いくら堅い装甲だからといって、関節部分は他に比べて薄くなるし、あの部分は巨体の体重を支えていることに変わりない。

どこを攻撃しても変わらないなら、単純に考えて膝を狙うのが定石だ」

「了解です!」

それを聞いて、全員が一斉に攻撃に転じた。



「池袋君!私の具現準備は!?」

急ぎ足で池袋に駆け寄りながら目白は聞いた。

「今申請処理していますが、もうしばらく時間がかかりそうです」

池袋は変わらず、目の前のモニターを見ながら応えた。

「早くお願いね、そうじゃないとあの子たちだけじゃなく、日本も危ないんだから」

待ちきれない様子を見せながら目白は催促した。

「もちろんそのつもりですよ・・・あと、これもどうぞ」

モニターから目を離さないまま、池袋は一枚の紙を目白に差し出した。

「え、これって・・・」

「先ほど正式な許可が下りましたよ、それも持って行ってあげてください」

「ありがとう、でもそのためにも早くお願いね」

「了解です」

池袋は同じ姿勢を続けながら返答した。



「これで!」

『ネバーエンディング・フューチャー』で最大限に巨大化させた剣、それで俺はロボットの膝に斬りかかった。

俺が出来うる一番の物理攻撃だ。

それを渾身の力をもって振り下ろした。

間違いなく直撃、通常なら目に見えるほどの効果があるはずだった。

しかし、それほどの斬撃を繰り出しても傷1つ付かなかった。

それどころか、攻撃側であるはずの俺の方に衝撃が返ってきた。

「クッ!?」

その衝撃に耐えていると、ロボットの腕が俺を払おうと振り下ろされてきた。

急いでその場を飛び退いて直撃を避けたが、発生した衝撃で吹き飛ばされた。

「上野君、大丈夫!?」

ギリギリ着地した俺に目黒が駆け寄ってきた。

「あぁ、どうにかな・・・」

返答しながらロボットの方を見たが、ダメージを受けている様子はなかった。

それは俺の攻撃だけじゃない。

蝶子先生による斬撃。

田端による突撃。

音無先生による集中砲火。

どれも俺の攻撃に劣らないはずなのに、全く効いている様子はなかった。

攻撃開始から大分経っている、このままだと上陸を許してしまう・・・何か手段はないのか。

「みんな、下がってろ!」

急な掛け声が発せられた方向を見ると、そこには浮遊しながら『ツインバスターライフル』を構える新橋さんの姿があった。

「『ツインバスターライフル』、『ジェノサイドモード』起動!」

そして発せられた宣言と共に、銃口に強大なエネルギーが溜まり始めた。

「新橋!それを放ったところで跳ね返るだけだ、やめろ!!」

音無先生の怒号にも似た警告が新橋に向かった。

先生の言わんとしていることは分かる、『ジェノサイドモード』による負担は大きすぎる。

たとえこの1年で強化による負担の蓄積を解消しても、だ。

「反射ということは、一度はあの装甲が受け止めるということでしょ?なら受け止めきれない光線なら効果があるはずです!」

「そんな無茶が効くか!」

「もう他に手段はありません!」

新橋さんは制止を聞かずに、引き金を絞った。

『ツインバスターライフル』から放たれた光線、それは今日発せられたどれよりも威力があるのは見るからに間違いなかった。

その絶大な威力のはずの光線が、ロボットの膝に当たると同時に上空へと跳ね返った。

光線の放射を新橋さんは続けたが、光線が角度をつけて進路をとることに変わりなかった。

反射面をみると、確かに光線を受け止めている装甲はその色を変えているが、破られる様子は見せていない。

あの威力の光線を受け止めるだけでなく跳ね返すとは・・・あれを破るにはどうしたら・・・。

・・・待てよ、受け止めているということはもしかしたら・・・。

「・・・やるだけの価値はある」

「上野君?」

目黒に聞こえてしまうほどの独り言をつぶやいた後、俺は『ネバーエンディング・フューチャー』の形を変えた。

右手に槍、左手に巨大な盾を持つ形に。

「行くぞ!!」

意を決して、俺はその場から跳躍した。

「上野!何をする!!」

蝶子先生の言葉を振り、俺が目指すのはあの反射面だ。

そこは光線が今も照射されており、このまま飛び込むのはあまりにも無謀だ。

だから俺は、具現化した盾を前に掲げてそれを突破した。

「クッ!」

いくら盾で防ごうとも、この威力の光線に触れるだけでダメージを受けるのは明確だった。

それは覚悟していたが、想像以上に俺への負担が大きい。

一刻も早く目的を果たすのが得策だ。

俺はその光線の勢いを盾を利用することで乗ることが出来、そのまま槍で刺突の構えに入った。

光線の勢いを利用し、そのままロボットの膝へ槍の刃を突き出した。

想像通り、刃は鈍い音を立てて止まってしまった。

だが、俺の考えが正しければ本番はこれからだ。

考えついた作戦が上手くいくのが先か、俺がやられるのが先か。

ここからは俺とロボットの根競べだ。

すると、俺が持つ槍の感覚に変化が表れ始めた。

作戦が成功しつつある証拠だ。

だけど、俺もそろそろ限界だ・・・。

やはり光線の中に飛び込むこと自体に無理があったみたいだ。

もう少し、もう少しでこの苦行からも解放される・・・あと少しだ。

「!?」

俺が目の前の作戦に集中していると、急に横からの衝撃に襲われた。

ロボットが俺に気づいたのか、巨大な腕で振り払ってきたからだ。

それをまともに受けてしまい、そのまま俺は吹き飛ばされた。

「グハッ!?」

今の行動で体力を消耗してしまった俺は、まともに着地出来ないまま落下してしまった。

「上野君!?」

「上野!!」

そんな俺を見た目黒と蝶子先生が俺の方へと駆け寄ってきた。

「お・・・俺は大丈夫です」

実際のところはかなりのダメージを負っていたが、精いっぱい強がってみせた。

「馬鹿野郎、どこが大丈夫なんだ!」

やはり見え透いた嘘だったのか、蝶子先生から怒号が飛んできた。

「すいません・・・でも、これで勝機が見えましたよ」

俺はさっきまで行動していたロボットの膝に向かって指を差した。

それと同時に新橋さんが照射していた光線も途切れ、それに覆われていた膝が姿を現した。

「え・・・?」

俺以外の全員が、それを見て一瞬の驚きを見せた。

あれほどの攻撃を与えても無傷だった膝の装甲に、さっきの俺の槍が突き刺さっていたからだ。

「上野君・・・あれは?」

我に返った目黒が俺に聞いてきた。

「あれだけの光線を一度受け止めていたんだ、その間くらいは相当の熱量を持っているんじゃないかと思ってな。

そうなれば、いくら強度な合金と言っても多少は柔らかくなるはずだ」

実際、俺の推理通り槍は装甲を貫通し、その部分からひび割れが発生していた。

あの巨体からしたら微々たる損傷だが、これでさっきまでの絶望的な状況から脱したのは確かだ。

「まったく、無茶しやがって・・・だがよくやった」

言葉少なく労いの言葉が来たと思ったら、直後に音無先生がロボット目がけて跳躍した。

一直線に俺が刺した槍を目指し、そしてそれを思い切り殴った。

そう、武器も何も使わず、ただ肉体で力任せに殴った。

すると槍はまるで釘のように中へ入り込み、更に亀裂も広がった。

「田端!」

音無先生が振り返りながらその場を離れると、田端が浮遊しながら『デファイアント』を構えていた。

「オーケー!『デファイアント』、『JSAモード』起動!!」

田端の宣言と共に、穂先に生まれていたエネルギーが更に出力を増した。

さっきまでは装甲による反射で、いくら出力を上げても跳ね返され無意味だった。

だけど、今なら俺が開けた穴がある。

しかも、今の音無先生の攻撃で若干ではあるが穴が広がった。

そこ目がけて、田端は全力で投げた。

『デファイアント』はその穴に真っ直ぐ入ると同時に、内部で爆発を起こした。

武器を1つ犠牲にしてまで行った攻撃、それはロボットのバランスを崩し、膝をつかせるまでの戦果を挙げた。

しかも、あの巨体の体重が全部乗ったからだろう、その衝撃で膝の装甲は完全に割れて内部が露わになった。

更に膝で支えきれなくなったロボットはバランスを整えることが出来ず、そのまま倒れてしまった。

倒れたとはいえ、200メートル近い巨体から生まれるその衝撃はロボット本体だけでなく、周りにいる俺たちにも及んだ。

「クッ!?」

一瞬の揺れと突風に耐え、再度ロボットを見た。

そこには、足を一本失くしても腕で這いつくばって動こうとするロボットの姿があった。

足で歩けなくなったからといって、あの格好で上陸されても被害は計り知れない。

やはりここで完全破壊するしかなさそうだ。

それに、今なら膝が破壊されたことによって内部へ直接それが出来る・・・チャンスに間違いない。

そう俺が踏んでいると、真っ先に蝶子先生が駆け出した。

手には『山紫水明』、それを露わになった内部に突き刺した。

人間で例えるなら蚊が刺す程度の攻撃、普通だったら大したダメージにはならない。

だけど、『山紫水明』の能力であるエネルギー吸収は、蚊とは言い切れないほどの効果を発揮する。

現に、ロボットは明らかにエネルギーを吸われたことにより挙動が遅くなっていった。

もうまともに動ける力も残ってないはずだ。

それなら・・・

「目黒!」

「えぇ!」

一緒に駆け出した俺と目黒は、その露わになった内部を改めて確認した。

所々でスパークを起こし、覆っていた装甲はまるでトンネルのように周りを囲うだけになっていた。

「ウェポンチェンジ!」

俺は破壊力重視の『クジャク』に変え、そのままロボットへ駆け出し、目黒も十二支の浮遊させ、斉射した。

放たれた光線が着弾するのと少し遅れて俺の斬撃も届いた。

すると、さっきまでの苦戦が嘘のように、目の前の機械が壊れていった。

それこそ、トンネルの掘削を行っているみたいだ。

流石に内部構造まではあの特殊合金が使われていない、本当に装甲専用なのだろう。

「行ける!」

その後、ロボットの内部を完全破壊するのに時間はかからなかった。



「終わったよー」

「お疲れ様」

装甲のみが残り、完全に停止したロボットを、後から駆け付けたらむち先生が『月光蝶』で溶解した。

もうここまで破壊すれば脅威にはなるとは思えなかったが、未来からの技術で何が起きるか分からない。

だから念には念を、と装甲まで完全に破壊することにした。

「さて、と・・・2人とも、もうこのまま帰っていいぞ」

「え?」

「さっきの戦闘で『ハンドレット・フラワー』は弾薬を使い切ったから、一度軍の基地に行って

補充に行かなきゃいけない、だからお前たちを送るよりも自分で帰った方が早いぞ」

そう言われて見てみると、既に本土が見えている。

このロボットの破壊にそれだけの時間がかかったということが表されている。

でもこの距離なら、確かに支給されている『メガライダー』で帰ることも可能だ。

「新橋と田端は一度軍に帰さないといけないから、後はお前たちでどうにかなるだろ?」

「確かに、その通りですね」

「そんなわけだから、気を付けて帰れよ」

「今日はありがとうございました」

俺も目黒も一礼すると、先生たちはそのまま『ハンドレット・フラワー』に乗り込み、早々に出発した。

島に残されたのは、俺と目黒だけだ。

この島も、近いうちに軍によってどうにかしてくれるだろう。

ただでさえ脅威になろうとしていたんだ、今までのような放置は流石にないだろう。

「上野君・・・」

そう考えを巡らせていると、目黒から声をかけられた。

「あ、目黒、お疲れ様。俺たちも早く帰・・・」

言葉の途中で、俺の頬に衝撃が走った。

目黒から平手打ちをされたからだ。

「え?目黒・・・?」

普段の目黒から考えられない行動に、一瞬思考が飛んだ。

「何であんな危険なことしたの!?」

何を指して危険なことと言っているのかすぐに分からなかったが、冷静さを取り戻す過程で分かった。

光線に飛び込んだ、あの行動のことだろう。

「心配させてゴメン、でも他に突破口はなかったんだ」

現に、俺のあの行動がなかったらロボットを破壊出来なかったかもしれない。

「だからって、上野君が犠牲になるなんて絶対に間違ってる!」

そう言ってくる目黒の瞳に、涙が浮かび始めているのが分かった。

「目黒・・・」

感情を爆発させた目黒に戸惑っていると、そのまま俺に抱きついてきた。

「もう一緒にいられないんだよ?せめてどこかで上野君が生きてくれれば、そう考えただけで私は

大丈夫だって思っているんだから・・・!」

・・・目黒は勢いで自分の想いを告げていることに気づいているのだろうか。

だけど、俺だって同じ気持ちだ、出来るんだったら目黒と一緒になりたい。

それを形にするように、俺も目黒を抱きしめ返した。

「俺だってそうさ、けどさ・・・」

連想するように、この前の2年生達との会話が頭を過った。

このままなら、俺と目黒が一緒になるのは難しくない。

でもそうなると、俺たちはどうやって関係を深めていけばいいんだ?

この状態が一番親密だとなりかねないのに・・・。

「痴話喧嘩中にゴメンね」

急に声をかけられて驚いていると、そこには目白さんがいた。

「目白さん!?」

「お姉ちゃん!?」

その存在に気づいた俺たちは慌ててお互い体を離した。

「別にそのままでも良いのに、隠す関係でもないでしょ?」

笑顔を崩さないままそう言われた。

「というか、今頃どうしたんですか?」

「やっとさっき具現許可が出たの、遅くなってゴメンね」

そう言われて、目白さんにも要請を出しているって先生達が言っていたのを思い出した。

「そうだったんですか・・・でも、もう終わっちゃいましたよ」

その目的も目白さんが来る前に達成してしまった、完全に無駄足だ。

「みたいね、でも他に目的があったから問題ないわ」

「目的?」

完全に骨折り損な状況にも関わらず、目白さんは悔しさを微塵も見せなかった。

「2人にこれを渡そうと思ってね」

そういうや否や、目白さんは俺と目黒に何か手渡してきた。

「・・・鍵?」

俺のアパートのと何の変りもない、ただの鍵を渡された。

「それを普通に開けるように回してみなさい」

「え?あ、はい・・・」

言われるがままに、俺も目黒も同じような動作で鍵を回す動作を行った。

その瞬間、以前受けたあの感覚に襲われた。

(!?バーチャル空間・・・!)

それを理解し、反射的に身構えてしまった。

今までここに来て戦闘にならなかったことがないからだ。

一体どこから何が来るか、次第に視界が開けてくると、そこは予想外な光景だった。

それは、まるで新築と捉えられる部屋の光景。

床も壁紙も天井も、全て新品とみて間違いなかった。

「め・・・目白さん、これは?」

一生懸命に思考を元に戻そうとしながら目白さんに聞いた。

「ここね、バーチャル空間上に作った、あなた達の愛の巣」

「え、えぇ!?」

俺も目黒も、全く同じリアクションを取ってしまった。

「まぁ、正確にはこの1年間のあなた達への報酬、てところね」

「報酬?」

「特別依頼のことよ。あなた達がやってきたことに対する、私達からのご褒美てわけ」

「ご、ご褒美って・・・」

ご褒美というには、少し豪華すぎる気がする。

「受け止めきれていないみたいだけど、この1年間でどれだけ貢献したか分かってるの?」

そう言われて、冷静に考え出した。

抑えた施設の数、サイボーグの撃破数、更に1年前のあの要塞を破壊したことをカウントするなら・・・。

「・・・新築マンションぐらい安いものだと?」

「そういうこと。しかも、ここはその鍵さえあれば、どこからでも入ることが可能よ。だから好きな時に会えるわ」

「好きな時に?」

「会える?」

俺も目黒も、同じ部分に反応を示した。

「だって2人とも、そのことが気がかりで前に進めてなかったんでしょ?ここさえあれば万事解決よ」

ウィンクしながら目白さんにそう応えられた。

・・・て、ちょっと待てよ。

「2人とも?」

「気がかり?」

前に進めてないていうのは、この前生徒会室で話したあの話のことだろう。

ということは・・・まさか・・・

「というわけで、どうするかは2人で話し合いなさい。さっきと同じように鍵を回せば現実に戻れるからね」

それだけ言い残して、目白さんは文字通りにその場から姿を消した。

バーチャル空間上だからか、それぐらいのことは簡単にできるのだろう。

「・・・とりあえず、ゆっくり話そう」

「う・・・うん」

いきなりのこと過ぎて自体が呑み込めていない俺たちは、まずは落ち着くことにした。

部屋の中を見回ってみると、一通りの家具は既に揃っているみたいだった。

その中に、イスとテーブルがあったのでそこに座ることにした。

ちょうど近くにはポッドもお茶も置いてあった。

生徒会室にあるのと同じ要領で2人分を淹れていると、気づいた。

「・・・電気も使えるんだな」

ポッドからちゃんとお湯が出てきた、ということは電気で保温が出来ているということだ。

「あ・・・ということは水道も?」

目黒も周りを見渡して蛇口を探した。

すぐ近くにキッチンがあり、そこの蛇口をひねると勢いよく水が出てきた。

ということは、最低限のライフラインは確保されていることになる。

これなら確かに、2人で暮らすことは可能だ。

それを確認し、淹れたばかりのお茶をテーブルに置いてからお互い座った。

「・・・・・」

突然のことで、俺も目黒も会話の出だしが見つからなかった。

一体何を話して何を聞いたらいい・・・頭の中で思考を巡らせた。

でも、まずハッキリさせないといけないのは、あのことだ。

「なぁ目黒」

「ねぇ上野君」

ほぼ同時に話し出してしまった、余計に気まずい・・・。

「め・・・目黒からいいぞ?」

「う、ううん、上野君からお願い」

「そうか・・・じゃあ・・・」

もう一度一息入れて、俺は話し出した。

それは、この前の生徒会室での会話だ。

あの時2年生達や目白さんに言われたこと、俺が言ったことをそのまま伝えた。

生徒会だけでなく全校からそういう関係だと思われていること。

そして・・・目黒にもその気があるってこともだ。

「そっか・・・その話本当だったんだね」

「え?」

「実はね、この前お姉ちゃんからも同じこと言われたんだ」

「目白さんに?」

血が繋がっていないとは言え、姉妹以上の関係と言っても過言ではないこの2人は、

平時でも連絡を取り合っていると聞いたことがある。

「うん、エンドレスバトラーとして周りのことを考えるのもいいけど、少しは自分の幸せも考えなさい、て。

その流れで、上野君が今言ってくれたことも聞いてた」

「そうか・・・で、何て答えたんだ?」

「上野君と同じ、すれ違いで自然消滅の未来しか見えない、て」

目黒も俺と同じ考えだったか・・・それを聞いて、心は決まった。

「わかった・・・じゃあ、ここはありがたく使わせてもらおう」

「え?でも・・・」

急な俺の提案に、目黒は動揺を見せた。

「俺も目黒も、忙しくて時間がないから関係を築けないて考えていたけど、ここがあればそれは解消される、そうだろう?」

「そうだけど・・・上野君は私で良いの?」

俺の迷いのない提案に、目黒は戸惑っていた。

これも目黒らしいといえば目黒らしい、予想した通りの返答だ。

目黒は実年齢よりも小さく見られるから、その分を人並み以上の努力で補おうとする傾向がある。

だけど、それをいつまでも1人で出来るとは思えない。

だから・・・

「俺は目黒の支えたい、傷ついたらそれを癒したい、だから出来る限り傍にいたい・・・ダメか?」

俺が思いつく限りの、今の気持ちをそのままぶつけた。

それを聞いた目黒は少しキョトンとした後、笑い出した。

「目黒?」

「ご、ゴメンね、でも・・・私もそっくりそのまま返したいと思って」

「え?」

予想外な返答に、俺も少し戸惑った。

「だって上野君、さっきみたいにすぐ無茶するんだもの、自分のこと省みずに」

図星だった。

確かに、今までやってきたことは全て、自分の身を心配することはなかった。

最終的に生き残ってきた、ただの結果論に過ぎない。

「それは・・・」

「だから、私も上野君のブレーキになりたい。私がいることで少しでも生きて帰るて思われる存在になりたいの。

それは・・・ダメ?」

目黒から上目遣いで聞かれた。

・・・正直、この上目遣いには本当に弱い。

今までも何回かやられたが、断れた試しがない。

だけど、今までそれをやられたのは目黒が本当に心配してきた時だけ。

自身の我が儘で言われたことは一度もない。

つまり、今目黒は自分自身でなく俺自身のことを思って言ってくれている、ということだ。

・・・そこまで思われていて、断る理由がない。

「あぁ、勿論だ、約束する。絶対に目黒の元に帰ってくる」

ジッとこちらを見つめてくる目黒の瞳を真っ直ぐに捉え、俺は応えた。

「・・・じゃあ、1つお願いして良い?」

俺の視線を受け止めながら、目黒は返してきた。

「何だ?」

「こういう関係なら・・・苗字じゃなくて、名前で呼んで?」

そう言われて、俺は自分の発言に初めて違和感を感じた。

確かに、この関係でお互いを苗字呼びは不自然過ぎる。

「分かったよ・・・未莉」

「お願いね・・・隆士」

お互いに言い慣れていない名前を呼び、しばらく沈黙が流れた後、

「・・・プッ」

「ふ、ふふふ」

「ハハハハハハハハ」

お互いに盛大に笑い出した。

「や、やっぱりいきなりは無理があったか」

「そうね・・・ハハハ・・・」

これは慣れるまで時間がかかりそうだ。

「まぁ、これは時間をかけて慣らしていこう」

「そうね、時間はあるんだし」

それだけ言葉を交わして、俺たちはお互いの気持ちを確かめるように、立ち上がって抱き合った。

今まで何回かこの状態にはなったが、今回は意味合いが違う。

それを噛みしめるように、俺たちはしばらくこの状態を続けた。