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Endless Battle 〜百花繚乱〜 完全版
12月編

「ふぅ、今日も疲れたぜ」

校舎内にある用務室。

そこで寝泊りをしている羅印は、冷蔵庫から缶ビールを取り出しテーブルの前に座った。

リモコンでテレビをつけ、缶のプルタブを開けてからそれを一気に飲み干した。

1日の仕事を、この一時のためにしていると言っても過言でない羅印。

そのためもあって、顔は普段見せないような微笑みを浮かべていた。

そして、更にもう1本飲もうと冷蔵庫に手を伸ばそうとした時であった。

唯一の出入り口であるドアからノックの音が聞こえてきた。

「ん?はいはい」

すぐに立ち上がり、羅印はドアを開けた。

「お疲れ様です」

開けたドアの先には、犬彦先生が立っていた。

「お、いらっしゃい。どうしたんですか?」

酔いながらも、先生相手の話し方を忘れずに問いかけた。

「硬くなんなくてもいいですよ。今日は・・・ただ一緒に呑みたいだけですから」

そう言って犬彦先生は手に持っていた一升瓶を持ち上げ、それをアピールした。

「・・・いいですね、とりあえず入ってください」

笑みを浮かべつつ、羅印は犬彦先生を中に招き入れた。

その後の羅印の行動は早かった。

すぐさまコップを2つ用意し、更にツマミとしてスルメを取り出し、2人の真ん中に置いた。

時間にして30秒足らず、そしてすぐさま2人の呑みは始まった。

「・・・アンタがこっちに来るなんて珍しいな。相方さんはどうしたんで?」

酒が入っている上に硬くなるなと言われた羅印。

発せられる言葉は自然とタメ口になった。

「他の女性陣と一緒にお食事だってさ」

「なるほど・・・仲が良くていいことだな」

ここまで言ってから、再び2人は酒を一口呑んだ。

「・・・なぁ先生、アイツらの動きってどうなってんだ?」

「・・・知ってたか」

「すんませんな。前に先生達が集まって話し合っているのを聞いちまって」

顔を赤くしながらも、羅印の目は真剣になっていた。

「あの時か・・・。いつかは知られちまうことだ。気にすることはない」

「で、どうなんだ?」

「・・・今のところ派手に動いてはいない。だが、そろそろ動くだろうな」

「だな・・・あのサッカー部の件も、あいつが仕組んだんだろ?」

「十中八九そうだな。アイツ以外に考えられない」

「・・・・・」

「・・・・・」

しばらく、2人は深く考え出した。

「・・・下手したら、俺達もタダじゃ済まないかもな」

沈黙を破るかのように羅印が口を開いた。

「あぁ。だが、俺は死ぬわけにはいかない」

「何を当たり前なことを言っているんだ。当然だろ?」

「・・・俺には生きなきゃいけない理由がある」

そう言って、犬彦先生は懐からあるものを取り出し、それを羅印に見せた。



「それは・・・まさか!?」

それを見た羅印は驚きを隠せなかった。

「コイツを渡すまで、俺は・・・絶対に死ぬことは出来ない」



いつもの放課後。

また体育館で俺達は練習をしていた。

だが、相手はいつものように目黒ではない。

「ハァァッ!!」

「発射!!」

相手は渋谷と五反田。

それを・・・

「援護を頼む!」

「分かった!」

俺と目黒で迎え撃った。

まず、俺と渋谷が接近戦でぶつかった。

俺には渋谷の攻撃と同時に五反田からの援護射撃が。

渋谷にも俺の攻撃に加え目黒からの砲撃が飛んできた。

やりあっているうちに、渋谷も五反田も成長しているのがよく分かった。

渋谷の攻撃には最初のころに比べ隙は少ないし、五反田の射撃も正確になっていた。

特に渋谷には・・・前の戦いで身につけた、残像を伴った移動がある。

俺の攻撃を避けるだけでなく、隙まで作ってしまう恐るべき手段だ。

おそらく、今ので俺の背後に来たはず、だから

「甘い!」

拳同士をぶつけ、そこから『遠雷』による雷雲を発生させた。

これで渋谷の動きを止めたはずだ。

だから俺はその間に五反田の下へ駆けていった。

だが、そんな俺に対して五反田は

「『JSAモード』起動!!」

既に俺の行動を読み、既に『砕かれた世界』を構えていた。

これは・・・防ぎきれない。

そう感じた俺はそのまま跳んだ。

この行動で五反田の射撃は避けたが・・・

「ハァァ!!」

そんな俺を待ち構えていたのは、俺と同じく空中に跳んでいた渋谷であった。

ここは迎え撃つしかない。

そして次の瞬間、俺と渋谷の拳が交わった。



「ふぅ、危なかったぜ・・・」

「それはこっちのセリフですよ」

お互い着地してから言葉を発した。

俺の『遠雷』のエネルギーと渋谷の『刹那の夢』から発せられた衝撃。

それがぶつかり合ったことにより爆発が起きたのだ。

幸い、俺も渋谷も大したダメージを受けずに済んだが・・・。

「上野君!?」

「渋谷さん!」

目黒と五反田が心配するかのように駆けつけてきた。

「ゴメンゴメン、でも大したことないから気にしなくていいぜ」

「・・・無理しちゃダメだよ」

不安そうな顔を浮かべながら目黒が言ってきた。

そんな顔して言われたら、そうするしかないよな。

「あぁ。気をつける」

とりあえず、そう繕っておいた。

それにしても・・・

「2人とも、あの任務以来強くなったよな。ずっとアレは隠してたのか?」

渋谷の残像にしろ、五反田の『デストロイモード』にしろ、それぞれの大きな戦力に違いなかった。

アレを使いこなすんだから・・・相当裏で練習したんだろうな。

「いえ、それが・・・」

「ん?どうしたんだ?」

「・・・あの時が初めてだったんです」

「え?」

あの時初めてアレだけのことをした・・・ていうのか?

「じょ・・・冗談だろ?」

「いえ、あの時上野さんから下がれって言われてショックを受けたんですけど、そしたら・・・」

「・・・急に使ったこともない能力が使えるようになった、ってこと?」

目黒が突然切り出した。

「はい、その通りです・・・何か心当たりでも?」

「えぇ。私も『ジェノサイドモード』を初めて使ったとき、そんな感じだったから・・・」

目黒が初めて『ジェノサイドモード』を使ったときというと・・・例の事件の時か。

それを思い出しちまったんだろう、目黒の表情は若干曇った。

・・・でも考えてみると、俺も初めて『遠雷』の能力を使ったときも、野球部に追い詰められていたときだ。

どうやら、運命系の武器はいざという時に能力が発揮されるみたいだな・・・。

「・・・そろそろ時間よ、行きましょ」

目黒にそう言われて時計を見てみると、定例会議の時間が迫っていた。

「だな、行こうか」

俺達は同時にログアウトし、そのまま体育館を出た。



「さて・・・じゃあ次に軍から来た依頼についてだ」

いつものように問題なく近況報告が終わり、神田さんが見覚えのある封筒を取り出した。

「前回の任務で調査した施設と類似したのが見つかったらしく、その協力をしてもらいたいってことだ」

・・・またあの組織関連か。

「んで、今回行ってもらうのは・・・上野と目黒に頼もうと思っている」

「・・・え?」

急に俺の名前を言われ、聞き返してしまった。

「俺達3年はあと少しで卒業しちまうからな。進路先のことでこの先大変だし、後々のことを考えてもお前たちに経験を積んでもらいたんだ」

そうか、考えてみたら既に12月。

もうそろそろ、そういうことを考えなきゃいけない時期になっていたんだな・・・。

「分かりました、やります」

「同じくです」

「よし、よろしくな。じゃあ今日はここまで」



都内某所。

「またやられたようだね、新橋君」

「・・・・・」

薄暗い廊下ですれ違った新橋に若い男が声をかけた。

新橋はそれに対して不機嫌な顔で応対した。

「安心しろ、その分俺が仕事すればいいだけの話だ」

「・・・アイツは俺が始末するんだ。邪魔をするな!」

気が立っている新橋はそう声を荒げた。

「フ、君には期待しているんだ、それを裏切らないでくれよな」

「言われるまでもない」

そうやり取りをして、新橋はその場を去ろうとした。

そんな新橋に、男は声を再びかけた。

「例のアレがあと少しで完成しそうだ、その指揮は君に任せようと思っている」

この一言を聞き、新橋は足を止めた。

「・・・どういうつもりだ?」

「言っただろう、君には期待している、と」

それだけ言い残して、男は去っていった。



「どうした、上野?もうバテたか?」

「い、いえ・・・大丈夫です・・・」

正直なところ、もうバテてる・・・。

いつもの体育館で、神田さんと大崎さん2人相手をしてもらっているが、正直辛い・・・。

しかも、2人はいつもの運命系を使っているのに対し、俺は練習用に借りた『刀』だ。

いつも俺は『遠雷』による雷撃と格闘、そして『ムラマサ・ブラスター』の一撃必殺で戦っている。

だけど、『ムラマサ・ブラスター』の使い方についてはまだまだ発展途上だ。

「ただ振り回すな。相手の動きを見極めて、攻撃するんだ」

「は、はい!」

だから少しでも早く覚えられるよう、神田さんから剣術を学んでいる。

そして、少しでもキツイ環境の方が覚えるのが早いだろうということで、大崎さんが加わっている。

だけど・・・2人ともかなりのスパルタだ。

容赦なんてものを考えているようにはとても思えない。

『蒼天の剣』とぶつかりあえば質量の違いから軽く弾き返される。

『驕れる牙』の攻撃を防ごうと思えば『刀』をそれで掴まれ、投げられる。

確かにいい経験にはなれそうだが、とてもじゃないが勝てるとは思えない。

一方で目黒も・・・

「ハァッ!」

品川さんと田町さんの2人に相手をしてもらっている。

2人とも手段こそ違うけど射撃に関してはかなりの腕前だ。

それを相手にするのはかなりの荒行だ。

だけど・・・

「よし、いい感じだぞ、目黒」

「その調子その調子♪」

「ハイ!」

2人とも割りと甘い。

田町さんはなんとなく分かるけど、品川さんは意外だ。

もっとも、それほどまでに目黒の腕があるということなんだけどな。

「やってるわね」

すぐ近くの入り口から、そう言う大塚さんの姿があった。

「あ、はい、お疲れ様です」

なのでそう挨拶すると

「手を休めていいなんて言ってないぞ」

その一言と共に神田さんの一撃が飛んできた。

俺は咄嗟に『刀』でガード・・・したが、その重さに吹っ飛ばされてしまった。

「痛テテテ・・・」

「おいおい、それぐらいで吹っ飛ばされるなって」

大崎さんがやれやれと言いたげな表情を浮かべながら言ってきた。

「・・・で、大塚。引率の先生決まったか?」

「えぇ。どうにかね」

引率?それって・・・。

「今度の依頼の引率ですか?」

「あぁ。時期が時期なだけに、見つけるのが大変だったわよ」

「・・・時期?」

何かあったか?

「・・・上野、依頼の日にちを言ってみろ」

「え?来週の土曜なんで25日・・・あ」

ものの見事にクリスマスだ。

「そういうことだ。そんな日じゃ簡単に人は見つからないだろ?」

「・・・ですね。ところでそれを誰が・・・」

「大塚、ありがとうな。じゃあ一緒にこいつ鍛えてやってくれないか?」

「言われなくてもそのつもりよ」

俺が質問しようとしている間に、会話が進んでいる上の大塚さんもログインして『雷鳴の闇』を取り出した。

・・・まだ俺の地獄は続きそうだ。



「お疲れ様」

校門で羅印とすれ違った犬彦先生はそう声を掛けた。

「はい、お疲れ様」

ホウキではきながら羅印はそう答えた。

そして少しずつ離れていく犬彦先生に、今度は羅印が声を掛けた。

「今度の生徒会の引率、引き受けたそうですね」

犬彦先生もこれに反応し、歩みを止めた。

「えぇ。それが何か?」

「・・・もしかして、アレと関係性が?」

「・・・えぇ。それを確かめる意味も含めて、引き受けましたよ」

「そうですか・・・」

それだけ聞いて、羅印は黙ってしまった。

「・・・この任務が終わったら、また呑みましょう」

コップを飲むジェスチャーをしながら犬彦先生は誘った。

「えぇ、是非」

笑みを浮かべながら羅印は答えた。

それを見た犬彦先生は再び歩き出した。



神田さんからの練習が開始されてから1週間が経った。

今も行っているそれにより、俺は今大崎さん、大塚さんも加えた3人に囲まれている。

前方には神田さん、左後方に大崎さん、右後方に大塚さん。

今までだったら神田さんに突っ込んでこの囲まれた状態から脱するところだが、それではどうにもならないことは学習している。

突っ込んだところで返り討ちに遭うだけだ。

かといって、後ろの2人にそれをやっても結果は同じ。

そうなると、答えは1つしかなかった。

「来ないなら、こっちから行くぞ!」

痺れを切らした大崎さんがこっちに向かってきた。

それが俺の狙いだ。

大崎さんの『驕れる牙』による斬撃を冷静に見極め、それを紙一重で避けた。

「お!?」

避けられると思わなかったのか、大崎さんの驚きの表情が見えた。

その隙を突いて俺は『刀』で大崎さんの胴に一撃入れた。

性能自体低いコレではダメージを与えられないが、「避けて当てた」という成果だけでも十分だ。

「ハッ!」

続いて大塚さんの攻撃が飛んできた。

しかし、『雷鳴の闇』のリーチからは明らかに離れている。

でもこれはお互い想定内のことだ。

この練習を行ってようやく分かったことがある。

何故槍という明らかな接近戦用の武器を使う大塚さんが、田町さんと同じ中距離担当なのかを。

それは、今まさに飛んでくるこの『雷鳴の闇』の刃から放たれる光線だ。

突きと同様鋭く、しかも突きの動作をするだけでこちらに飛んでくる。

何発も放たれるそれを避けるだけでも一苦労だし、当たればタダでは済まない。

でも一つ一つは動きが直線で、読むのはそんなに難しいことではない。

焦ることなくそれを読み、光線のあとに来る『雷鳴の闇』からの直接の突きを避けた後に

「タァッ!」

先ほどの大崎さん同様に大塚さんの胴体に『刀』を斬りつけた。

「!?」

大塚さんも同じように驚きの表情を見せた。

だけど、まだ安心出来ない。

「行くぞ!」

上から急に声が聞こえた。

見るまでもない、神田さんが跳躍して俺に斬りかかろうとしている。

すぐにそれを察した俺はその場を離れて振り下ろされた『蒼天の剣』を避けた。

『蒼天の剣』の特徴はその大きさと質量だ。

その攻撃を防ぎきることは困難だし、その大きさ故に避けるだけでも神経をすり減らす。

これだけの大きさなら攻撃の後に隙が出来るのが普通だが、神田さんの場合はそれを感じさせない。

現に、あれだけの攻撃をした直後なのにすぐに俺に向かって薙ぎ払おうとしている。

防いだところで吹き飛ばされるのは分かっている。

それならば、避けることしか考えられない。

薙ぎ払われたそれをしゃがんで避け、更にそのまま神田さんに向かって駆けだした。

既に『蒼天の剣』の間合いの中。

次の攻撃が来る前に俺は神田さんの胴体に刀で斬りかかった。

刃は先ほどの2人同様に当たり、それを受けた神田さんはすぐさま後ろに飛び退いた。

「はぁ、はぁ・・・」

最初の大崎さんからの攻撃から今までで時間にして30秒ほど。

あまりに一瞬のやりとりに、俺の神経は極限まですり減らされた感覚に襲われていた。

「上野君、スゴイ!」

それを見て真っ先に反応してくれたのは目黒だった。

「そ、そうか?」

俺自身全く実感がなかったため、返事もどこか気が抜けてしまった。

「いや、大したもんだぜ、この短期間でここまで出来るようになるんだからな」

「そうよ、もっと自信を持ちなさい」

武器をしまいながら大崎さんと大塚さんにもそう労われた。

「ど、どうもありがとうございます」

二人から褒められるなんてそうそうないからか、戸惑いが出てしまった。

「・・・それじゃあ、次の段階に行くか」

その声の方向を見ると、神田さんが既に『蒼天の剣』を再び構えていた。

「つ、次の段階?」

「あぁ。とりあえず上野、武器を好きなのに変えていいぞ」

「え、あ、はい」

言われるがまま武器を一旦『遠雷』に変えた。

やはりこれの方が一番俺に合う。

「今から俺と1対1だ、本気で来い」

「え?」

次の段階なのに、3対1から1対1に減らす?

一体どういうことだ・・・。

考えを巡らせていた次の瞬間、神田さんがこちらに仕掛けてきた。

(は、速い!?)

先ほどまでとは思えないほどの速さでこちらに駆けだし、『蒼天の剣』を振り下ろしてきた。

すぐに横に飛び出しそれを避けたが、同時に発せられた衝撃がこちらに襲ってきた。

速さも威力も、先ほどとは段違いだ。

一体何が・・・と考えていると、神田さんの目がいつもと違う雰囲気になっているのが分かった。

まさか・・・『覚醒』?

「どうした、本気で来いと言ったはずだぞ」

そう言ってくると同時に神田さんは再び仕掛けてきた。

あの攻撃を避け続けるのは正直厳しい。

それなら・・・

「ウェポンチェンジ!」

武器を『ムラマサ・ブラスター』に変えて再度振り下ろされた『蒼天の剣』を受け止めた。

瞬間に衝撃がこちらに襲ってきたが、どうにか持ちこたえることができた。

『蒼天の剣』の刃も『ムラサマ・ブラスター』から発せられるビーム圧で押し返している。

・・・と安心したのも束の間、徐々にそれも押され始めた。

このままじゃ押し負ける・・・それならば!

「ブースター、オン!」

もう片方の刃の噴出口を用いて攻撃を弾き返した。

だがすぐに神田さんはこちらに攻撃を再開してくる。

これに対応するには・・・そう考え俺はすぐに『覚醒』した。

こうすることによって神田さんの攻撃を読みつつ攻撃を行うことが出来るようになった。

攻撃を避けは反撃し、避けきれないと察した時は武器同士をぶつけ合い弾き返した。

お互いに直接的なダメージはなく、あるのはぶつかった際に襲いかかる衝撃によるものだけであった。

決定打に欠き、長期戦になると思い始めた時だった。

「そろそろだな」

神田さんが急に攻撃を止めた。

疑問に思った次の瞬間、突如全身が脱力感に襲われた。

「え?」

まともに立つことも出来ず膝を突き、持っていた『ムラマサ・ブラスター』も落としてしまった。

「上野君!?」

更に地面に手を着いた俺を目黒が支えようとしてくれた。

「な、何で?」

「それが今のお前の弱点だ」

神田さんからそう声を掛けられた。

「じゃ、弱点?」

「お前の今の戦い方は『遠雷』で敵を翻弄しつつ、チャンスが出来たら大きな一撃を狙う、そうだろ?」

「は、はい」

たしかにその通りだし、今の俺にはそれが一番合っていると思っている。



「たしかにその戦法も間違ってないが、それを実行するための継戦能力が今のお前には足りない」

「継戦能力・・・ですか」

俺自身も薄々とそれに気づいていた。

この戦法だと敵を翻弄する時間が長ければ長いほど力の消耗が大きくなる。

相手の力が大きくなればそれは更に大きくなってしまう。

現に、この戦法も文化祭で全く通用しなかった。

通用するためには、もっと大きく翻弄してチャンスを作れるようにしないといけない。

そのためには、もっと長い時間戦えるようにしなければならない。

でもそのために必要なことは限られている。

「もっと経験を積まなければいけない、てことですか」

「その通りだ」

EBのシステム上、その継戦能力は実戦経験に比例する。

だから今はとにかく訓練と実戦を繰り返すしかない、ということだ。

「それが分かったなら、少し休憩挟んだ後再開するぞ」

「はい・・・それにしても、やっぱり神田さんは凄いですね、まだ手が痺れてますよ」

そう口にした途端、あの衝撃を受けたときのことを思い出した。

もしあれが直撃したら・・・そう考えただけでもゾッとする。

「そりゃそうだろ、神田は『攻撃』に関して『神の領域』に達してんだからな」

後ろにいる大崎さんからそう返答が来た。

「神の・・・領域?」

授業でも聞いたことのない言葉に疑問を感じた。

「EBのシステム上の限界値のことだ」

神田さんから補足するかのように説明された。

「限界・・・ですか?」

「あぁ、EBのシステムは実戦を積めば積むほど能力が高くなるのは知ってるだろ?」

「は、はい」

「だけど伸ばせる能力には限度がある、その限界のことをそう呼んでいる」

「な、なるほど」

「特に4つの要素、『攻撃』『防御』『敏捷』『精度』全てにおいて『神の領域』達することが

EBとしてやっていく上での一つの到達点とさえ言われているんだ」

「そ、そうだったんですか」

どれも初耳のことでつい聞き入ってしまった。

「ちなみに俺は『防御』、大塚は『敏捷』、田町と品川は『精度』で既に達してるぜ」

大崎さんから更に補足された。

「・・・やっぱり皆さん凄いですね」

それを聞いて素直に感心した。

「何言ってんだ、お前もその内そうなるんだぜ」

「え?」

大崎さんからの言葉に、ふと後ろを向いて聞きなおした。

「その通りだ、先月といいお前は他よりも実戦経験を多く積んでいるからな。いつ達してもおかしくはない」

神田さんからもそう補足された。

「そ、そんなものですか?」

あまりに簡単に言われてしまったため、すこし疑問に思ってしまった。

「あぁ。あまり深く考えないことだ」

神田さんからそう言われても、言われたからには気になってしまう。

と、ここでもう一つ疑問があった。

「神田さん・・・あなたも適合者だったんですか?」

「・・・あぁ。極力使わないようにしているけどな」

この前の武器と言い、『覚醒』状態になれるといい、それを考えると益々思ってくることがある。

「それを使えば、文化祭の時少しは善戦出来たんじゃないですか?」

「かもな、だけどあいつらの力を見る限り3人とも『神の領域』に達してただろうから、

俺が『覚醒』したところで焼け石に水だったろうな」

「そ、そうなんですか?」

「あぁ・・・さて、そろそろ練習再開だ」

再び神田さんの持つ『蒼天の剣』が構えられた。

「は、はい、お願いします」

まだ気になることもあるが、俺も力が戻っているのを確認して再び立ち上がった。

「今度は3人とも力を抜かないからそのつもりでいろ」

「はい・・・え?」

いきなりの言葉に戸惑いを見せてしまった。

「気付かなかったか?俺達3人とも『省エネモード』で相手していたんだぞ」

「その代り今度は武器は好きなのを使っていいから、安心しなさい」

だから俺でも3人同時相手でどうにかなったのか。

・・・だからと言って、『遠雷』でも『ムラマサ・ブラスター』でも手加減なしの3人同時相手は厳しすぎる。

まだ地獄は続きそうだ・・・。

「さぁ、行くぞ!」

「は、はい!」



「・・・上野君、大丈夫?」

「あぁ、なんとか・・・」

結局、任務がある前日も神田さん達に鍛えられ、疲れが抜けたとは言えない。

しかも・・・待ち合わせ場所である駅前は既にクリスマス気分。

そんな中任務に行くことを考えると、精神的にもくるものがある。

それなのに・・・

「目黒、お前は何でそんな楽しそうなんだ?」

俺に比べ、とてもウキウキしている目黒。

昨日も同じ時間まで練習していたのに・・・この差は何だ?

「だって、帰ったら子供達とクリスマスパーティなんだもの」

今からでも楽しみだと言いたそうな顔をしている。

・・・本当に楽しみにしてるんだろうな。

「待たせたな」

さっき電話の着信を受けてその場を離れていた犬彦先生が戻ってきた。

「いえ。ところで、誰からの連絡だったんですか?」

引率ということもあり、何か重要な連絡が入ってくる可能性もある。

その確認も兼ねて、俺は聞いた。

「あぁ、コレだ」

そう言って犬彦先生は小指を立てた。

「え?それって・・・」

「今日は遅くなっちまうからな。明日休みだし、家で静かに祝おうって話をな」

「そ、そうですか・・・」

どうやら、この中で寂しいクリスマスを過ごすのは自分だけらしい。

「・・・上野君、ウチのパーティ来る?」

「・・・イヤ、いい」

目黒の優しさが、胸に染みるだけ染みた。

・・・それにしても、集合時間になりそうだけど・・・

「ところで、今回一緒に来る軍の人ってまだなんですか?」

「あぁ。そろそろ時間だけどな・・・」

「あの・・・」

「何かあったんでしょうか?」

「でも、特に渋滞が起きているわけでもないし・・・」

「あの・・・」

「何か・・・あったんでしょうか?」

「この時期でも襲撃の数は変わらないからな。その対応で忙し・・・」

「あの!!」

突然声が聞こえてきたのでその方を向いてみると、そこに1人の女性がいた。

「・・・『百花高校』の方ですよね?」

「はい、ということは、軍の方ですか?」

「えぇ。東京支部から派遣されてきました、ガジコです。よろしくおねがいします」

丁寧にお辞儀された・・・けど。

「あ、あの・・・失礼ですけど、それは本名ですか?」

あまりにもインパクトのある名前だから、つい聞いてしまった。

「いえ、コードネームみたいなものですので、気にしないでください」

「そ、そうですか・・・」

それでも、気になる。

「早速ですが、現場に案内してもらえますか?」

「はい、ではついてきてください」

そう言って歩き始めるガジコさんに、俺達はついて行った。



「・・・ここですか」

案内されたのは、ただの空き地・・・だけど、気になるものが目の前にある。

明らかに以前まで何かが建っていた跡。

ここに・・・何かあったのだろうか?

「・・・・・」

俺は、すぐに気付いた。

何故か分からないけど、顔を強張らせている目黒の様子に。

「目黒、どうした?」

「・・・上野君、覚えてる?前に話した目白さんのこと・・・」

「あ、あぁ」

あれだけのことを聞かされたんだ、忘れろというほうが無理だ。

「それが行われたのが・・・ここなの」

「え?」

ということは・・・あの跡は『サイクロプス』で破壊された廃工場か。

「・・・ふ、久しいな」

犬彦先生が笑みを浮かべながらそう呟いた。

そうか、犬彦先生もあの場にいたんだよな・・・。

「ここの地下室だったと思われる場所に、以前発見されたという施設と同類のものが発見されました。

その調査を本日行います。では行きましょう」

そう言ってからガジコさんは戦闘を歩き出した。

それを追うように犬彦先生が続き、そして俺と目黒が歩いた。

すると、ケイタイの振動音がどこからか聞こえてきた。

発していたのは、目黒のだ。

だけど、それは生徒会専用の物。

私物ではないこともあって、咎められることはない。

目黒はすぐにそれを取り出してみた。

見る限り、どうやら着信ではなくメールのようだ。

「どうしたんだ?」

生徒会専用の方に来るぐらいだ。

余程のことがなければ着信なんてないはずだ。

「・・・会長からです」

「え?」

「・・・例の組織関連の可能性があるから、干支の使用許可を出す、って」

・・・干支の使用許可が任務開始前から出されただって?

一体、ここに何があるっていうんだ?



「神田」

「何だ?」

『百花高校』の中に建つ道場。

そこで神田と大崎は道着に身を包み、組み手を行っていた。

互いにログインせず、生身の状態でのやり取り。

大崎は元々空手部に所属しているだけあって問題は何もなかった。

神田に関しても、武道に関しての心得は身に着けているため、その大崎相手に後れは取っていなかった。

毎日とまではいかないが、このような鍛錬をかなりの頻度で行っている2人。

『百花高校』内だけでなく、生徒会の中でも上位に立つ2人の強さはこれによるものが大きかった。

「目黒をあそこに行かせてよかったのか?」

「知ってたのか?」

言葉と共に放たれた拳を神田は前腕部で受け止めながら聞き返した。

「つい昨日、依頼状をちょっと見ちまってな。ビックリしたぜ」

「・・・だが、問題ないだろう」

そう言ってから神田の蹴りが大崎の腹部を狙うも、一歩引いた大崎に避けられた。

「本当にそう思っているのか?」

「あぁ。それに・・・」

「それに?」

「ここであの時のことを克服出来なきゃ、アイツは今後の人生でずっと苦しむことになる」

真っ直ぐ見据えたまま神田はそう言い切った。

「違いねえな」

大崎もそれを肯定した。

「2人ともー、差し入れ持ってきたわよー」

道場の入り口で、田町と大塚が2人を見ていた。

「とりあえず、あいつらの無事を祈りながら休憩しようぜ」

「だな」

2人はそのまま歩き出した。



彼是、20分くらいは歩き続けているだろう。

ガジコさんの先導で歩いてはいるが、中々目的らしきものは見えてこない。

ずっと、ただ長い下り坂だ。

・・・一体、どこまで続いているのだろうか?

「長いですね」

この沈黙を打ち破るかのように、犬彦先生が聞いた。

「はい、でももうすぐです」

ガジコさんがそう答えると、前方に光を確認した。

「あ、あれです」

このリアクションで、やっと目的地に来たと確信することができた。

下り坂を下りきり、着いた場所は・・・

「ここは・・・?」

正直、何と言ったらいいか分からなかった。

照明はあるものの薄暗い中に、いくつもの部屋が存在する。

そして、何よりも気になったのが

「・・・残骸?」

今までも何度か戦ってきた、ロボットの残骸が散らばっているのだ。

「中々奇妙な場所ですね、ここは」

周りを見渡しながら、犬彦先生が口を開いた。

「はい、でもこれ以上に気になる部屋があるんです」

「気になる部屋?」

「こちらです」

再びガジコさんが歩き出した。

そして、1つの扉の前に立ち、それを開けた。

開けた先には・・・確かに奇妙な部屋があった。

「これは?」

目の前には、人1人が簡単に入りそうないくつもの大きなガラスのケース。

しかし、どれも割れてしまっている。

「・・・もう、廃棄された施設なのでしょうか?」

目黒が周りを見渡しながら聞いた。

「おそらくそうだと思います。どうやら、警備システムを切れてしまっているようですし」

確かに、あそこに転がっていた残骸は警備用の物。

7月に会長と代々木の2人に誘い出されて行った廃ビルに出てきたのと一緒だ。

警備システムがあったのは確かだろう。

「・・・・・」

先ほどから、目黒が不思議そうに周りを見ていることに俺は気付いた。

「目黒、どうかしたか?」

「・・・私、ここを見たことがある気がする」

「え?」

そんな嘘みたいなことがあるのか?

「本当か、それ?」

犬彦先生もそれが聞こえたのか、反応した。

「えぇ、でもどこで見たかは・・・」

目黒は必死に思い出そうと考え込み始めた。

その時だった。

照明が急に赤くなり、警報が鳴り始めた。

「な、何だ?」

警備システムは切れているはず・・・なのに何で?

「このままだと袋叩きに遭う、部屋を出るぞ!」

「は、はい」

犬彦先生からの指示に従い、俺達はすぐに部屋を出た。

すると、どこかで見たことのある光景が目の前に映った。

それは、ありとあらゆる場所からあのロボットが湧き出てくる光景だった。

「・・・どういうことだ?」

周りをロボットに囲まれてしまい、俺はそう口に洩らした。

警備システムは停止しているという話なのに、それに呼応してロボットが出てくるなんて、考えにくい。

「・・・2人とも、今回の任務を覚えているな?」

犬彦先生がそう聞いてきた。

「ここの調査・・・ですよね?」

目黒が恐る恐る聞いた。

「そうだ、つまりここで逃げたところでこいつらに追われ、それどころじゃなくなる」

「その通りです、つまり・・・」

ガジコさんが犬彦先生の意見に賛成しながら、武器を具現化させた。

その武器は・・・弓だった。

「こいつらを殲滅しないといけない、ってことです」

「その通りだ、行くぞ!」

すると犬彦先生も武器を具現化させて突撃していった。

その武器は、背中から突き出た2本のハサミだった。

対象捕獲兼破壊用大型鋏『ギガンティック・シザース』。

そのハサミがまずロボットの1体を掴み、そしてそのまま・・・握りつぶした。

その動きをスムーズに行っていき、狙われたロボットは尽く破壊されていった。

だけど・・・敵の集団に突っ込んだため、狙いきれない相手に襲い掛かれそうになった。

「危な・・・」

「任せてください!」

俺が雷撃で援護しようとしたその時、ガジコさんが弓の弦をいきなり引いた。

すると、突如光の矢が出現し、ガジコさんが指を離すと同時にその矢が放たれた。

その矢は途中いくつにも分かれ、寸分の狂いもなくロボットに命中、戦闘不能に陥れていた。

更にガジコさんはその場を飛び離れながらも矢を放ち、手を休めることなく攻撃していった。

その動きは、まるで舞っているようにも見えるほど華麗だった。

そして、使用している武器もそれに見合ったものというのも理解出来た。

種系光矢放射弓『果てなき輪舞』。

種系・・・それが何なのか俺には分からないが、俺達の運命系と似たようなものなんだろう。

「上野君、こっちも・・・」

目黒に声を掛けられ、俺は気付いた。

2人が対処している方とは逆側にもロボットがいて、既に戦闘状態に移ろうとしていることを。

そして、目黒も基本的に動くことの出来ない『ジャンクション』では不利と判断し、『ピーコックスマッシャー』を具現化させていた。

「わかった、行こう!」

「うん!」

俺はいつもと変わらぬ『遠雷』を手に纏い、駆け出した。

ここであの特訓の成果を・・・見せてやる!

「ハッ!」

俺は『遠雷』の形状をあの『刀』に変えて敵の集団を駆け抜けた。

その一瞬の間に相手の動きを見定めて、1体1体斬っていった。

もちろん斬られたロボットたちは戦闘不能に。

一方、目黒も俺の上へ跳躍しながら『ピーコックスマッシャー』を敵の集団に向け、そして

「シュート!」

引き金を絞ると共に9本の光線を放った。

光線はそれぞれロボットに命中、次々と破壊していった。

ロボットもそんな目黒に一矢報いようと砲撃を放つも、全て空を切って天井に当たった。

目黒も特訓の成果が出ている、相手の弾道を計算して跳躍していたんだ。

そして俺の近くに着地した目黒と共に、更に追撃を行おうと俺は雷撃を放とうとした。

その時だった、急にどこからともなく地震のような振動と共に地響きが聞こえてきた。

だけど、この振動は下からではない、上からだ。

「・・・ま、まさか!?」

俺はすぐさま上に目を向けた。

すると突然、天井から大量の土が突き破って雪崩れてきた。

おそらく、今目黒に向けて放たれた砲撃が天井に致命的なダメージを与えたんだろう。

その状況を俺も目黒も・・・ただ見ることしか出来なかった。

そして雪崩が止まったのを感じ目の前を見ると、さっきまで俺達の対象だったロボット達は壊滅。

しかも、通路は分断されてしまった。

じゃあ・・・この先にいた犬彦先生達は!?

(2人とも、無事か?)

俺が心配したのとほぼ同時に犬彦先生からプライベートメッセージが聞こえてきた。

(は、ハイ、大丈夫です。ロボットも今ので全滅したようです)

(そうか、こっちも大丈夫だが・・・まだいくらかロボットが残っている)

(え?)

(後から俺達も追うから、先に進んで調査だけしてくれ)

この状況を考えると、確かに俺達に出来るのはそれぐらいだな。

(分かりました。気をつけてください)

(フ、お前達もな)

このやり取りを終えると、俺は目黒とアイコンタクトを取り、先へと進んだ。



「・・・何もないな」

「そ、そうね」

犬彦先生とガジコさんから離れて、俺と目黒だけで調査を進めているが、何も怪しいものはない。

それどころか、ずっと通路が続いているだけで、部屋とかすらない。

一体、この先に何があるんだ。

しかも、さっきから足を進めるにつれて

「・・・・・」

目黒の様子がおかしくなっている気がする。

息遣いは荒くなっているし、額に浮かぶ汗の量も尋常じゃない。

「目黒、本当に大丈夫か」

「う、うん、大丈夫」

さっきから、そんなやりとりを何度も繰り返している。

だけど、とても大丈夫そうには見えない。

一体、何で急に様子がここまでおかしくなったんだ?

それを考えると、さっきの目黒の言葉が頭に浮かぶ。

「・・・私、ここを見たことがある気がする」

目黒の記憶のどこかにあったというあの光景。

何がどう関わっているのか、俺には到底理解できない。

「う、上野君、あれ・・・」

目黒が指差した先には、通路の終わりを告げるような別の明かりが漏れていた。

「やっと着いたか、行こう」

「う、うん」

少し駆け出そうとしたが、目黒の様子も考えて同じ歩調のままその通路を抜けた。

「こ、これは?」

抜けたと同時に俺達の視界に広がったのは、先ほどと違い割れていないガラスケースがいくつも並んでいる光景だった。

今抜けた出入り口を除くと、他に扉と思わしきものはない。

つまり、ここが最深部というわけか。

「な、何なの、ここ?」

「・・・俺が聞きたいぐらいだ」

目黒とそんな言葉を交わしながら、更に奥へと歩いていった。

だけど、どれを見てもただのガラスケース。

大きいという以外に、気になる点は何もない。

他に気になるものも何もないし・・・。

ふと、俺の足元に違和感が走った。

下を向くと、何やら液体が広がっていた。

「この液体は・・・?」

気になったので、少し触れてみた。

普通だったら危険なために容易に触れるべきでないかもしれないが、今はログインしているから、その心配はほぼ皆無だ。

だけど・・・この液体は明らかにおかしい。

「・・・ない」

「え?」

「液体の中に、埃みたいな不純物がない」

ここまで放置されているのに、それが全くないのはおかしすぎる。

「ということは、もしかして・・・」

「あぁ。つい最近までここは使われていたんだ」

「ご名答」

「「!!?」」

急に背後から聞こえてきた声に反応し、俺達は振り向きながら身構えた。

そこには、入り口から俺達を見ている男がいた。

見るからに高そうなスーツを決めてはいるが、ここではそれが逆に浮いていた。

「あ、あなたは誰です?」

動揺を隠しつつも、俺は問いかけた?

「・・・フ」

だが、男は笑みを浮かべただけで何も答えようとしなかった。

「な、何がおかしいんです?」

目黒がそれを見て聞いた。

「いや、嬉しいのさ。ここで噂の『覚醒』適合者と『天使』適合者を一編に見れるんだからな」

俺達が・・・何者か知っている?

この一言で、大体何者か察しがついた。

「・・・組織の関係者か」

「ああ、その通りさ。新橋が前に世話になったみたいだな」

あの新橋のことまで知っている・・・。

そのことを聞いた瞬間、俺も目黒も武器を具現化させ身構えた。

「一応言っておくけど、やめた方が身のためだよ?」

「んなもん、やってみないと分からないだろ」

少し気付いてはいたが、それでも明らかに見下した言い方に俺は反論した。

「いや、僕は君に言ったんじゃない。そこの彼女に言ったんだ」

相手はそう言いながら俺ではなく目黒のほうを指差した。

その目黒を見て、奴の言葉に少し納得した。

先ほどに比べ更に様子がおかしくなっている目黒の姿がそこにあった。

「め、目黒?」



「わ、私は平気、平気だから・・・」

それでもいつものような強い眼差しで前を見た。

・・・ここは、目黒を信じるしかない。

だけど・・・

「ダメだと思ったら、下がるんだぞ」

「う、うん」

本当は強制的に下げるのがいいのだろうが、今の目黒にはそれは難しかった。

「準備は良さそうだね。じゃあ始めさせてもらおうか」

奴が構えた瞬間、突如姿が消えたかと思うと、俺の目の前に現れ回し蹴りを放たれた。

「うわ!?」

俺はそれを防ぐことが出来ず、そのまま吹き飛ばされてしまった。

しかもあの攻撃・・・地味にダメージが大きい。

もう聞くまでもない、文化祭の時に襲ってきた奴らと同等かそれ以上の実力者だ。

だけど、ここで引くわけにもいかない。

すぐさま壁に激突しそうになる直前に姿勢を整え、着地と同時にすぐさま駆け出した。

「ハァッ!」

手に纏った『遠雷』、俺はこれで殴ろうとした。

この距離、このタイミング、避けることは出来ないはずだ!

「え!?」

つ、掴まれた?

俺の視界には、確かに拳を掴んだ奴の姿があった。

しかも、『遠雷』の電撃を確かに受けているはずなのに涼しい顔をしてやがる。

「それで、終わりかい?」

明らかに見下した表情と言葉に、俺は冷静でいられなかった。

「ま、まだだ!!」

俺は空いている左手を向け、この至近距離から雷撃を放った。

今度はまともな防御手段を取れないはずだ。

「・・・続きはあるのかい?」

「え?」

俺は目を疑った。

この雷撃を喰らったはずなのに、全くダメージを受けている様子がない。

「それなら・・・『遠雷』、JSAモード起動!」

俺の宣言と共に、両手の雷が一気に膨れ上がった。

そしてそれを、今も掴まれている右手に左手を重ねる形でまとめた。

「『遠雷』、収束!!」

球状になっていたそれは、俺の手の形に沿う形でまとまった。

「必殺!ダブルシャイニング・フィンガーーーー!!」

掴まれていた手に放つ形で俺は渾身の一撃を放った。

避けることも出来ず、相手はそのまま後方に吹き飛ばされた。

『遠雷』なら実体がないから、過負荷による破損を考える必要はない。

これを物にしておいて正解だった。

「そんなものかい?」

「え?」

今のをまともに受けたのに、相手は全くダメージを負っているように見えない。

「では、次はこちらから行かせてもらおうか」

すると奴の空いている右手がこちらを向いた。

これは・・・何か来る。

すぐにその場を離れようとした時、いくつもの光線が相手に当たった。

光線の正体は・・・目黒が『スーパードラグーン』を具現化させ放ったと容易に想像がついた。

相手はその攻撃で行動を中断せざるを得なかった。

「目黒、サンキュ!」

「そ、それよりも上野君・・・!」

「あぁ、分かってる!ウェポンチェンジ!!」

目黒の意図をすぐに読み取った俺は武器を『ムラマサ・ブラスター』に変えた。

それに奴も気付いたようだが、そのままこれで攻撃しようなんて浅はかなことは考えていない。

「シュート・・・!」

目黒がいくつも放った『スーパードラグーン』それぞれから光線が放たれ、奴に次々と砲撃していった。

何本かは直接当て、もう何本かは周りを砲撃して動きを制限させた。

これで少しの間だけだが、動きは止められる。

チャンスは・・・ここしかない!

「JSAモード起動!ブーストオン!」

駆けながら片側の刃で勢いをつけ、

「くらえ!」

そのまま斬りつけた。

斬撃のダメージと一緒に、ブーストされた勢いで奴は吹き飛び、そのまま壁に激突した。

「はぁ・・・はぁ・・・」

今俺が持っている最強の攻撃。

これを受けてまともに立っていられることなんて・・・。

「なるほどな・・・新橋もただじゃ済まない訳だ」

え?

「嘘だろ?」

起き上がった奴は・・・ダメージを受けているようには思えなかった。

いくらかは受けているんだろうが、効果的とはとても言い難かった。

「残念だけど、本当さ。じゃあ、今度こそこちらの番だ」

すると奴は、先ほどと同じように左手をこっちに向けた。

「・・・『ワールズエンドフラッシュ』」

その一言と同時に、急に目の前が真っ白になると同時に物凄い衝撃が俺達を襲った。

「うわ!?」

「キャァ!!」

この衝撃に俺も目黒もどうすることも出来ず、ただそれを受け吹き飛ばされるしかなかった。

だけど・・・あれは何だ?

武器を具現化してないのに、いきなり攻撃されたぞ。

「ふ、これで終わりかい?他愛もない」

く、悔しいが力の差は歴然としている。

もう・・・ダメなのか?

「僕もそこまで酷い性格じゃない。次の一発で終わらせてあげよう」

そして奴は再び左手を俺達に向けた。

「させるかよ」

負けを覚悟したその瞬間、入り口から犬彦先生が飛び出し、『ギガンティック・シザース』で思い切り突いた。

だがその攻撃を、奴は寸のところで受け止めた。

「久しぶりだね、犬彦君」

「そういうお前も元気そうだな、駒込」

・・・え、知り合いなのか?

「おかげさまでね。でも、君はいつまでそういられるかな?」

「・・・・・」

「どうやら自覚はあるようだね。じゃあ、それを考えなくてすむよう・・・」

「させません!!」

奴・・・駒込とか呼ばれていた奴目掛けて入り口からガジコさんが数本の矢を放った。

犬彦先生と駒込との間に距離はほとんどなかったが、それでも矢は寸分狂わず駒込目掛けて飛んでいった。

それを察したのだろう、駒込はすぐさまその場から離れた。

犬彦先生も続けて離れ、矢はただ床に刺さるだけに留まった。

「へぇ、君も種に選ばれし者か」

ガジコさんを見て駒込がつぶやいた。

・・・種に選ばれし者?

一体それは何なんだ?

「・・・それを手放してください。分かっているはずですよ、私達はこれを悪用してはいけないことぐらい」

「悪用?・・・フフフ、君達にはそう見えるんだ」

不気味な笑みを浮かべてガジコさんの言葉に反応を示した。

「これが悪用って言わなかったら、何て言うんだ?」

犬彦先生が率直な疑問をぶつけた。

「そう捉えられるなら、それでいいさ。僕は僕なりに・・・楽しませてもらうからね!!」

すると駒込は右手を犬彦先生達に向けた。

それがさっきのあの光を放つということは、遠くから見ていた俺にも容易に想像がついた。

「無駄です!!」

この一言と同時にガジコさんが改めて数本の矢を放った。

だけどその矢は全く別方向に放たれ、床に刺さった。

さっきはあんなに正確な射撃が出来たのに・・・どういうことだ?

「バインド!」

それを確認したガジコさんが一言放つと同時に先ほどから放った矢が線をつないで円を描き、その内部を黄色いエネルギーが覆った。

そのエネルギーの真ん中にいた駒込は右手を向けたまま、動かなくなってしまった。

「へぇ、それがその種の能力なんだ」

そんな状況でも、駒込は笑みを絶やさなかった。

「そんな余裕見せてる場合じゃないだろ?」

駒込のすぐ上で、犬彦先生が跳躍してその『ギガンティック・シザース』で突こうとしていた。

「やっぱりそうみたいだね」

これに気付いた駒込は動きを止めていたエネルギーを気迫のようなもので吹き飛ばした。

そして動けるようになった左手で『ギガンティック・シザース』を受け止め、ダメージを受けるのを免れた。

「いくら君でも、この距離じゃ避けれないだろ?」

すると今度は右手を犬彦先生に向けた。

確かにあの距離じゃ・・・やられてしまう!

「私がいるのを忘れないでください!」

すると今度はガジコさんが直接駒込目掛けて矢を放った。

その矢を駒込は避けることが出来ず、左肩に直撃した。

コレに対してリアクションはしなかったものの、一瞬駒込の動きが止まったのは目に見えていた。

「ハッ!」

それを犬彦先生が逃すわけもなく、もう1つの『ギガンティック・シザース』で駒込を殴りつけた。

駒込はその衝撃から逃げることが出来ず、そのまま吹き飛ばされてしまった。

「や・・・やった?」

「いや、まだだ」

俺の一言に犬彦先生はすぐ訂正した。

それを表すかのように、駒込はすぐさま立ち上がり、こちらを向いた。

「流石は犬彦君、こうでなきゃ話にならないよ」

「・・・言いたいことはそれだけか?」

再び構え、もう一度やり合う姿勢を見せた。

「あぁ、僕もそうしたいんだけど・・・時間がなくてね。これで決着をつけさせてもらうよ」

すると、先ほどと同じように右手を向けてきた。

「やらせるか!」

それをさせないと犬彦先生とガジコさんが駆け出した。

「かかったね!」

その姿を確認した駒込はそこから姿を消した。

一体どこへ・・・?

「ここだよ」

突然、俺の背後から声が聞こえてきた。

それは、考えるまでもなく駒込の声。

「な!?」

「これで終わりさ!」

既に右手をこちらに構えている。

このままじゃ俺もすぐ隣の目黒も・・・やられる!?

「え?」

急に横から衝撃を受け、俺も目黒も吹き飛ばされた。

その衝撃の元と思われる方を向くと、そこには・・・犬彦先生がいた。

そして次の瞬間、衝撃のようなものが犬彦先生の胴体を貫通した。

「グッ!」

「犬彦先生!」

俺達を助けたから・・・こんな目に!?

ここは何とか助けないと・・・

「来るな!」

今まで見せたことのない剣幕で犬彦先生は叫んだ。

「で、でも・・・」

「これぐらい・・・大丈夫だ」

そう言われても・・・とても大丈夫そうに見えない。

「ハハハ、いつまで強がっていられるかな?」

この状況に、駒込はただ嘲笑しながらこちらを見ていた。

「・・・いつまでもだよ!」

その叫びと共に、犬彦先生は駆け出した。

そして『ギガンティック・シザース』で攻撃しようとした。

「でもそんなの・・・無意味だよ!」

駒込は『ギガンティック・シザース』を軽々と受け止め、更に空いている手を犬彦先生に向けた。

またあの衝撃を放とうとするのは、目に見えていた。

「お前こそ、それは無意味だぜ」

すると次の瞬間、背中に繋がった『ギガンティック・シザース』を外した。

それを受け止めていた駒込は体勢を崩した。

その隙をを突いて・・・犬彦先生は思いっきり殴った。

駒込はそれをまともに受け、壁まで一気に吹き飛ばされた。

流石犬彦先生、でも・・・あそこまで吹き飛ばせるというのは予想外だ。

「う、上野君、アレ・・・」

目黒が何かに気付いたらしく、犬彦先生を指差した。

差したところを見て、俺は動揺した。

「き・・・強化?」

犬彦先生のリストが、赤く光っていたのだ。

それを意味をするのは・・・強化しているということだ。

「ハハハ、ついに本性を表したね、犬彦君」

壁に激突した駒込が立ち上がりながら言ってきた。

「ど、どういうことだ!」

それに疑問を感じた俺は、率直に疑問をぶつけた。

「どういうも何も、簡単なことさ。彼は『E計画』の被験者だったんだよ」

「・・・え?」

そんな・・・嘘だろ?

「・・・あぁ、確かに俺はあの時色々と実験台にされ、そこから多大な力を得た。これがその1つだ」

犬彦先生はリストを見せながら言った。

「そうだろ、そして君は未だその力を手放せずにいる。僕たちと同類なはずなんだよ!」

「・・・何を言ってやがる」

駒込の言葉に反応するかのように、犬彦先生から怒気が発せられた。

「こいつはな・・・お前達のように自己満足で持つもんじゃないんだよ」

「何?」

「この力は・・・守りたいものを守るために使う力だ!」

そう言葉を発してから、犬彦先生は駆け出した。

「そうかい、ならそれこそ無意味だって教えてあげるよ!」

駒込も同じく駆け出し、互いにぶつかり合った瞬間にそこから衝撃が発生した。

「うわ!?」

その衝撃に俺はこらえることしか出来なかった。

更にそのぶつかり合いは何度も続き、その度に衝撃が部屋中に伝わった。

もうこれは・・・俺達が手を出せる次元じゃない。

「ふ、2人とも、大変です!」

後ろからガジコさんが声を掛けてきた。

「ど、どうしたんですか?」

「この施設の最深部から・・・サイクロプスの起動が検知されました」

「え!?」

ここでサイクロプス・・・このままでは、巻き込まれてしまう。

「幸い、地下深くのため市街地に被害はないですが、この施設の全壊は確実です。早く撤退を!」

「わ、分かりました!」

犬彦先生に関してはもう止める術はない。

ここは俺達だけでも・・・

「ぁ・・・ぁ・・・」

ここで俺は目黒の様子が更におかしくなっていることに気付いた。

「め、目黒?」

「ぁ・・・ぁぁ・・・」

・・・そうか、目黒は1年前の任務でここで起こったサイクロプスを見ているんだ。

そして・・・大切な人を失った。

そのトラウマがここでよみがえちまったんだ。

「・・・しっかり掴まっているんだぞ」

俺は目黒を抱きかかえた。

元々小柄な体のおかげで、それ自体は特に苦に感じることはなかった。

「さぁ、行きましょう!」

「はい!」

俺とガジコさんは、そのまま撤退を始めた。



「ハハハ、ここまで本気の君と戦えるなんて、とても本望だよ!」

「あぁ、そうかい!」

3人が撤退した後も、犬彦と駒込の戦いは続いた。

「だけど、そういつまでもやり合っているわけにもいかないんでね」

その一言を放ってから、駒込は動きを止めた。

「どういうつもりだ?」

「君はともかく、僕はまだやるべきことがあってね。ここで失礼させてもらうよ」

その言葉と共に、駒込の床がエレベーターのように下へと降りて行った。

「な、待て!」

犬彦の叫びは届かず、駒込はそのまま姿を消した。

「・・・俺も行くか・・・ウッ!?」

急に犬彦は膝から崩れ落ちた。

「・・・ここまで、か・・・」

半分諦めた気持ちで、犬彦は呟いた。

その時だった。

急に天井から大きな光線が貫いた。

それによって出来た穴から、羅印が降りてきた。

「ら、羅印さん?どうして?」

「悪いですが、後をつけてきました。・・・少なくとも、アンタはここで死ぬべきじゃない。違いますか?」

「・・・かもしれないですね」



「犬彦先生・・・まだですか?」

さっきから『プライベートメッセージ機能』を用いて問いかけているが、返事が返ってこない。

一体・・・何が起こっているんだ?

「あと・・・1分以内にサイクロプスが発動します」

「・・・クッ!」

俺達には何もすることは出来ないのか!?

そう焦りを見せていると、急に近くの地面から光線が発せられた。

それで出来た穴から・・・犬彦先生を背負い込んだ羅印さんが飛び出してきた。

「羅印さん!?」

「・・・間に合ったみたいだな」

羅印さんのその一言と同時に、地響きが起こった。

どうやら、サイクロプスが今発動したみたいだ。

「・・・すまないが、奴は逃がしたみたいだ」

「・・・でも、犬彦先生が無事で何よりです」

「かもな・・・」

「とりあえず、後処理は私がやります。皆さんはお帰りください」

「分かりました。犬彦先生も、早く帰ってあげて・・・」

俺がそこまで言って、気付いた。

犬彦先生から全く生気が感じられないことに。

「・・・先生?どうしたんですか?」

「・・・・・」

俺の言葉に、先生はまったく反応をみせない。

「先生、どうしたんですか!?先生!!」

しかし、俺の呼びかけに先生が答えることはなかった。



とあるマンションの一室。

「あ、アイツのコップが・・・」

そこで食器の準備をしていた蝶子先生が持ったコップに突然ヒビが入った。



「・・・何もなければいいんだけど」

そう呟いて、蝶子先生は窓の外を見た。



しかし、その思いが叶うことはなかった。
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